その日は、本当によく晴れていた気がする。


買い出しに出かける前の親友が、
「雲ひとつない青空って今日みいたな日の事を言うんだね」
なんて笑っていた。

空ばっか見て転んで泣いて帰って来ないでよ、
なんて言って、俺も笑った。



灰色の、空が遠い。
あちこちに細い煙が上がっていて、視界の端に映った白黒の車は原形をとどめぬほどに歪んでいる。
そこからもまた、オレンジ色の炎と共に黒い煙が上がっていた。


俺は空を見る。
どすん、と背中全体に振動が走って、仰向きに地面に倒れたんだと知った。
視界に映ったのは灰色の空じゃなく、君で。



                            
                                 



大きく口が動いていて何かを叫んでいるのだろうけれど、何を言っているのかは分からない。
そう言えば、さっきまで周りで騒々しかった喧騒や刀のぶつかる音、銃声、怒声、メラメラと炎が上がる音、局長や副長の叫び声。

今は何にも聞こえない。

瞬きの一つでもしようかと思ったけれど、ピクリとも動かなかった。


ぱたり、


視界を埋め尽くす君の瞳からあふれ出たものと同じものが、一粒落ちて俺の頬を濡らす。
あったかいのか、つめたいのか、どっちだろう。
何か言いたくて喉に力を込めても、何も起きなかった。
咳き込むくらい出来ると思ったんだけど。半開きになった唇の皺ひとつ動かない。


口も目も瞳孔も半開きにさせながら、俺は目の前の彼女を見た。
そうは言っても、瞳も動かせないのだからもうそこしか見えないのだけれど。
君しか見えないって、なんか、口説き文句みたいだなあ、なんて頭の隅で思った。

まつ毛一本動かせないのに頭の中は物凄く高速回転してて、
その気になればこの世に生れてから今までのダイジェストなんてのも、今なら総編集出来るんじゃないかなって。

そう思って、やめた。


総編集なんてつまんない。
俺の人生なんて半分以上がどうでもいいようなことばっかりの中で、周りに振り回されて振り回されて過ごしてきたようなものなのだ。
それだったら、
今俺の周りにいるバカな連中や君と一緒にいた、俺の全人生の中のほんの一握りの時間だけをピックアップして、
何回も繰り返しじっくり見た方が有意義だ。


ぱたり、


君から落ちた水滴が、今度は俺の唇の上に落ちて、するりと端まで滑っていって口内へと流れ込んだ。
味なんてするはずない。
俺の口の中は別のもので既にいっぱいになっていて、それに交じってどくどくと、流れ込んだそばから一緒に顎を伝って地に落ちてゆく。




ごめんね。




君を泣かせたかったわけじゃないんだよ。
そんな自分を責めるような顔をしないでよ。君は悪くない。何にも。何にも。
君に何も言わなかった僕らにだって責任はあるんだ。

大きなどんぱちやらかす予定で、その場所が君の買い出しの通り道の近くだったって、誰かしら気づいても良かったのに。

他に何も聞こえないくらいの複数の絶叫の中、君を見つけて。
その遥か後ろ、マンションの一室がきらりと小さく光ったのを、あざとくも見つけてしまった。



「      」



最後に自分は、何て言って駆け出したんだっけ。

駆け出して、夢中で肩を掴んで、

いや、ねぇ。


自分の中の何か特別な力が開花したんじゃないかってくらい、時間がゆっくりにかんじたんだよ。


自分の腹の手前10cmに浮かんでいる銃弾の形が、はっきりと見えた。




見えたのは最初の一発だけで、その後の5、6発はもう見てなかった。
いや、いや、いや。
自分でも本当馬鹿だと思うんだけどさ。


横に突き飛ばした君が目を見開いて僕を見ていて、
その瞳の中に今いるのは自分だけなんだなあなんて、凄いどうでもいい事を考えてたんだよねえ。


いいじゃん。何が変わるという訳でもないし。








視界を塞いでいた君の頭が少し退いて、その向こうに雲ひとつない、 白い、空が見えた。

数歩離れたところには一番隊隊長が立っていて、見たこともない顔でこちらを見ている。
返り血と埃にまみれてドロドロ。その手にぎゅうっと自分の刀を握り締めて。
反対側から、こちらも血と埃にまみれた、普段より数段険しい顔をした副長がこちらに向かってきて、俺の傍らに静かにかがんだ。

視界の中心からは少しずれてしまった位置にいる君は、まだぼろぼろと涙を零している。



副長の手が俺に伸びてきた。
その手はだんだん大きくなってきて、ゆっくりと、どんどん視界を覆って行く。ゆっくりと。
副長の指の隙間から、俺はずっと大好きな君の事を眺めていた。

眺めていたなんて、もう、俺は。



鬼の副長にしてはあり得ないくらい、優しく、彼の指の腹が俺の瞼に触れる。
きっとこれから視界が暗くなって、もう二度と外の世界は拝めないんだろうなあ。
なんて、人ごとに似た気持ちで俺はいた。
そしたら、もう君の顔も見えないんだ。
最後に見た顔が泣き顔だなんて、
すこし、
かなしい。




ゆっくりと副長の指によって、俺の瞼が落とされる。

最後の光が消えてしまうその瞬間まで、俺は、祈るような気持ちで君に呼び掛けた。





おねがい、なかないで。



















ちゃん。
そこで俺の世界は途絶える。


back