あの子は本当、いつもワガママばっかり。
ワガママ過ぎて、普段の何気ないワガママが寧ろワガママに感じなくなってきた頃、彼が倒れた。
かなりびっくりしたけれど、
近藤さんや土方さんの方がもっとずっと真っ青になっていて、そっちの方に驚いた。
ただ事じゃないと思った。
最初の頃こそ仲間と一緒に暴れられない事にむくれていた総悟が、よく笑うようになったと気づいたのはいつごろからだろう。
「おーい山崎ィ、小便つれてって」
「はーい」
「・・いちち」
「もう、筋力衰えてるのに飛び跳ねたりするからそうなるんですよ」
悪戯好きのドSな性格が変わった訳じゃない。
つい先日だって、屯所の廊下で住み込み雑用の娘を驚かそうとして、ふらつき庭の池に落ちた、なんて事があった。
ちなみにそれによって足を負傷。
彼もびっくりしただろうが、こっちだってびっくり仰天した。
「なにしてるんですか!」と思わず叫んだ。
多少丸くなったものの、性格が変わった訳でも、口の悪さが変わったわけでもない。
でも、よく笑うようになった。線が細くなった。
そして。
「ん。山崎、ありがとう」
・・・「お礼」を言うようになった。
「ねーさんねーさん、花札しやしょう」
「えーだって、つまんねーもん」
「買い出しですかィ。団子頼みまさァ。ごまだれで」
ワガママといっても可愛らしいお願いばかりになった。
私も私で、それまでの鬼のような悪戯が皆無になったため仕事がはかどるので、空いた時間はずっとそばにいた。
ずっとそばに。だから、うすうす気づいていたのだ。
局長も副長も、彼の前だと口数が増える。そして、それ以外が格段に減った。
倒れてから2年目の冬。彼は部屋から出てこなくなった。
『いまからきて』
布団にもぐりこんだと同時に光ったケータイのディスプレイに、私は羽織を持って部屋を出る。
部屋に入れば総悟が暗闇の中布団から半身を起してこちらを見ていた。
「明かりつけましょうか」
「眩し過ぎるのはイヤ」
「じゃぁ、蝋燭つけますね」
火を灯した蝋燭を皿の上に一本立てれば、部屋の中はオレンジ色のあったかいわっかが浮かび上がる。
「こっちこっち」と手招きされるままに隣に腰を下ろせば、
総悟はにこりと笑って「ぎゅっとしていいですか」と聞いてきた。
けほ。
総悟の咳に部屋の明かりがゆらりと揺れる。
しっかり口を押さえて何度か咳き込んだ総悟の頭をなでてやると、彼は私の肩に頭をくっつけながら幸せそうに眼を閉じた。
けほ。
「ねーさん、ちゅーしてくだせぇ」
「・・コラコラ、おでこにお願いします。口は駄目、染る・・、げほっ」
「大丈夫ですか」
「やだ・・・撫でるなら、頭、ごほ」
体を「く」の字に折り曲げて、げほげほ咳き込みながら強張る頭を撫でてやれば、
落ち着いてきた総悟がこちらを見て、息を整えながらほほ笑んだ。
「何だかなァ・・・・」
「昔は、アンタの泣き顔見るのが何よりも楽しみだったのに、」
「今は、泣いてて欲しくないや・・・」
そっと伸びてきた冷えた指先が、目尻を優しく撫でる。
「泣いて、ませんよ」
「ありゃりゃ。そっか・・ダメだなァ、ついに目もおかしくなっちまった」
、
「・・大変だ。ついでに耳までおかしくなっちまったかな」
総悟は笑ってくれた。
それでね。
髪を滑る温かい温度にうっとり瞳を閉じながら、総悟が口を開く。
「俺、そろそろ死のうかと思って」
「どういうことですか」
「痛ぇのやだし・・・近藤さん達にも迷惑かけたくねェって言ったら、医者がこっそり置いてってくれた」
「・・怖ぇ顔しねーでくだせぇよ」
手の中にあった黒い小瓶をひったくられた総悟は、やれやれと頭を振った。
「実はね、俺ぁこう見えて臆病なんでさぁ」
すい、と伸びてきた腕に抱きしめられる。
耳の隣でげほ、げほ、と何度も咳き込む音が聞こえた。
「ひとりで逝くのは、嫌だ・・・・」
冷たい指が首の柔らかい部分をつつく。
「アンタくらいなら、今の俺でも殺せるかな・・」
「・・・・殺せるんじゃないですか」
「・・でも駄目でさァ」
「どうして?」
「俺は、ワガママだから。動かなくなったアンタを、一瞬でも見たくないんです」
「そのくせ、もし、もしもアンタが後追って付いてきてくれるって言ったとしても、全然信じられねェんでさぁ」
ぎゅうぅ・・・、
背中に回された腕に力がこもる。例えるならしがみつくように。
胸に押し付けられるのは俯き苦しそうに何度も喉を鳴らす薄茶色の髪。
「へへ・・何言ってんでしょう・・こんなになってもまだ、アンタにはワガママ出ちまうよ」
いっしょに死にたい、なんて。
右手に持った硬い感触を、握り締める。
そして、私は貴方の名前を読んだ。
突然の口付けと、
流し込まれたどろりとした液体に、
「・・・・・・ば、・・か・・だ、なァ・・・」
一瞬驚いた後、俺は泣きそうな顔でアンタにすがりつく。
例えいっしょに命を絶っても、俺とアンタとじゃ同じところになど行けるはずないのに。
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