「好き」という気持ちは偉大だと思う。
その気持ちのために人は綺麗になるし、生き生きするし、
好きな人に他に好きな人が出来たら、その人を殺したいとまで思ったりする。
私もそう思っていたのだが、実際に見たら、殺したくなくなってしまった。

それは、私の想いがその程度だったっていう事だろうか。
彼氏の浮気現場を目撃したのに、文句の一つも浮かんでこない。
考えて考えた先に浮かんできた言葉ですら、「お幸せに」だった。

はぁ。ため息をついて布団に横になる。
ピンポーン、と、玄関のインターホンが鳴った。





恐れながら、真選組の副長、土方十四朗さんと付き合っています。
彼は根っからの仕事人間で、「私と仕事どっちが大事なのよ!」なんて聞くまでもないくらい。
でも、それでいいと思ってました。それが彼らしいとも思いますし。
二人でいるときは大事にしてくれたけれど、職場である「屯所」にも絶対に入れてくれない。
一回取り調べされる側で入った事あるけどね。
それでも愛されてる自覚は十分あったし、私が彼を慕う気持ちも相手にちゃんと伝わってた、はず。

「もし十四郎くんに他の女が出来たら、その女殺っちゃって欲しい」なんて、
仲良しの隊長さんに頼んじゃったりして。

買い物の帰りに真選組の近くを通って見かけたのは、
屯所の門から並んで出て来る十四朗くんと、知らない女の人だった。
伊達にあの人の女を務めていない。彼が特に親しくない人にあの距離を許す事がない事は分かってる。
「今晩も頼む」
彼のそんな声が聞こえてきた瞬間、私は回れ右をしてその場から立ち去っていたのだった。



?どうした?気分でも悪ィのか」
身じろぎひとつせずに玄関で立ちつくしてしまったを、不思議そうに土方が見降ろす。

「あ、ご・・ごめん・・今日・・・何も作ってないの・・」
「そう、いいよ食って来たから。風呂借りていいか」

当たり前のように(まぁ当たり前だったんだけど)遠慮なく玄関から上がり、風呂場へと足を勧めて行った土方を見送って、
ははふぅとソファに座り込んだ。
あの女の人に『今晩も頼む』って言ってたから、まさか今日来るとは思わなかった。
お風呂借りたってことは、・・あの人と、あった、あとなのかな・・。

土方十四朗が男前である事は、改めて言われるまでもない事だ。
そしてそんな彼が「鬼の副長」なんて大層な名前に似あわずに、
自分を慕ってくれる相手をないがしろに出来ないほどお人よしな事も、
恋愛ごとに関しては根っからのヘタレな事も、はよよく知っている。
例えば、
付き合っている彼女がいて、それでももっともっと好きな人が他に出来てしまったとしたら。
優しい彼はどっちも傷つけないように無理して二人と付き合うのかもしれない。 俗に言う二股ってやつなのだけれども。
そして仮にそうだとしたら。

職場にも連れ込むほどのあの女の人ととでは、どちらが本命かなど一目瞭然だ。

こぼれそうになった涙を慌ててぬぐって、は携帯電話を取り出した。
仲良しの友達にあらかじめメールを送らなくては。
・・・あの子なら本当に実行しそうだもの。



ぎし、と床の軋む音がなって振り返れば、下だけズボンをはいた土方が肩からタオルを下げて現れた。
の隣に腰かけて、がしがしと髪を拭く。
「どうした」と覗きこんできた土方に、は精一杯の笑顔を返した。
「あのね」

「あ?ん・・なんだよ」
「キスしてもいいかな」
「は?」

頭にクエスチョンマークを浮かべながら、土方はいきなり膝の上に乗っかってきた娘に首をかしげる。
返事をする前にその唇は塞がれた。

「んっ、・・ふ・・・は、何だお前、ムラムラしてんの?」
「うん。そうかも」
「近藤さんじゃあるめぇし」

言いながら土方の腕がの頭の後ろに伸びてきて、強く引き寄せられる。
密着した肌の隙間から、とぎれとぎれの息遣いと液体のかき混ざる音が漏れた。

彼の事は大好きだ。大好き、大好き。
真っ直ぐな視線が好き。ぶっきらぼうで融通がきかなくて、それでも優しい彼が好き。
たまに見せる弱気なところも、実は甘えん坊なところも、お酒に弱いところも、
「好きだよ」って言うと、恥ずかしがって、でも嬉しそうに目を細めるとこも、みんな。

私を「好き」な彼が好きだったんだけど、でも、
私を「好きじゃない」彼を、嫌いにもなれない。なれるワケがない。
長かった口付けが離れると、二人の唇の間を銀の糸が繋いだ。


「ねえ、私達、別れよっか」


優しく言えば、彼が息をとめたのが分かった。
貴方が人一倍頑張り屋さんなの、私知ってるよ。
だから、ねぇ、
嫉妬も焼けないくらい貴方が好きなの。
どうか、幸せになって欲しい。



「なん、でだ」
聞き返した男の表情は穏やかだけれど、声は僅かに固い。
その目は真っ直ぐにを見つめていて、どういう意図があってかを探っている。

「急に、そんなこと・・・・俺、何かしたか?」
「急じゃないよ。何週間ぶりに会ったと思ってんの」
「・・・・・」

そう言われてしまえば、他に何も言えない。
この人は優しいから。こうでも言わない限り、大人しく引き下がらないだろう。
鳥かごを開けても出て行かないのなら、背中を押してやるしかない。

「他に好きな人が出来ちゃった」
「・・・・マジで言ってんの・・?」
「うん。だから、今日で終わりにしよう、私達」

と言っても、今までと何が変わるかって言われたら、一ヶ月の中のたった2、3日がなくなるだけなんだけどね。
ぴろりろりん、と机の上にあったの携帯が鳴る。
その携帯は取られずに終わった。目の前には土方の顔、と、その奥に天井。
気づけばはソファの上に押し倒されていた。

「・・十四郎くん?」
「え、ぁ、ああ、悪ぃ・・そう、だな、うん・・好きな奴、出来たんだ」

言いながらもの肩をソファに押さえつける力は緩まない。

「それ、大丈夫か?変なヤツに騙されてるとかじゃねェ?」
「大丈夫だよ」
「お前、そういう馬鹿な男にひっかかり易いから」
「そんなことないって。・・痛い」
「あっ、わ、悪ィ」
「相変わらず優しいね、こんな時まで心配してくれて」

「今まで本当にありがとう。さようなら」
「お、おう。こちら、こそ・・・・・・」

さようならは、ちゃんと笑顔で言えた。
これでよかったんだ。
もうこの心地よい体重を感じることはなくなるのだと思うと少し寂しくはあったけれど。
だから、次土方の口から洩れた言葉に、はただ唖然とした。


「か・・・・考え直して、ください・・」
「・・・・へ・・?」


ぎゅう、とさっきよりも体重をかけられて、体全体でソファに押しつぶされる。
え?え?だって今、さようならって言って、おう、って・・。

・・」
かすれた声で耳元でささやかれて、は体をこわばらせる。
本来カッコつけのこの人のこうも形振り構わずな姿を、は見たことなかった。
ぴぴぴぴぴぴぴ、と、の携帯電話が鳴る。
「あ、あの、電話・・」
何とかこの状況から逃れようと机に手を伸ばせば、それより先に土方が携帯を取り上げた。
そして、信じられないと言った表情で見降ろされる。

「まさか・・・新しく出来た好きな人って、総悟なのか・・」
「はい?」

どうやら電話は総悟からだったようで、土方は許可も取らずに通話ボタンを押した。
とたんに聞こえて来るのは焦ったような一番隊隊長の声。

『あ、出た。オイオイ、何つーメールしてきてんでィ。なんかの間違いだろ、あのアホがアンタ以外に女作るワケねーじゃん』
「・・・総悟」
『でえっ?!土方さん?!なに、今アンタら一緒にいるの?』
「ああ」
『・・・・・・なんか変な話になってんじゃないでしょうね?ちょっ待ってろ、そいつ離すんじゃ、』
がしゃっ!
『オイ?土方さん?土方さーん!』

床に落ちた携帯の音はもう聞こえなかった。
ソファの上で覆いかぶさられたまま、突き刺すような視線が痛い。
緊張の緩んだその表情は、今まで見てきたいろいろな彼の表情の中で、ダントツに情けないものだった。
「どういうこと?ねえ」

ちゅ、と目の端にキスを落とされて、ああきっと我慢してた涙が限界を迎えたんだ、とは思った。
「話して」顔中にキスを振らせながら土方が言う。その仕草は苦しいほど優しい。

「今日の夕方・・・十四朗くんが女の人と屯所から出て来るの見かけて・・」
「・・・うん」
「それっ、それ、で・・十四朗くん、優しいから・・・本当は私と別れたいのに、言いだせないんじゃって、だから、」
「・・・うん・・」
「私がいないほ、が、いい、・・・て・・・・おもっ、てぇ・・・!」
「・・・・馬鹿・・」

最後の方は自分でも何を言っているのか聞き取れないほど嗚咽が混じっていた。
こっちは泣くくらい真剣なのに、十四朗くんは笑っていて、
でもその笑顔すら愛おしいと思ってしまう自分はもう何かの末期なのかもしれない。
彼の前で泣いたことは、ほとんどなかったのに。ずっと我慢してきたのに。

「そこは別れるじゃなくて嫉妬しろよ・・・潔すぎだろ・・」
「嫉妬、なん、て・・だ、て、わたし、」

貴方には幸せでいて欲しいから。
それだけ言って泣き出してしまったに、土方は目を細めてその唇を奪った。
優しく丁寧に、の口の中をなぞる。

「本当に・・・俺には勿体ねェくらいの女だよ、お前は」
「はぁっ・・、なん、で・・?」
「お前が見たっつー女は、山崎だ」
「・・・・・・・・山崎って誰よう・・!」
「会った事あんだろうが。ほら、取り調べん時、総悟と一緒にいた」
「・・・・あ、れ・・・、山崎さんって、男の人じゃ・・」
「そうだよ」
「・・・・・・え、じゃぁ、あれ・・・へ、変装・・?」
「そ」

泣いて真っ赤になっていたの頬に更に熱が集まる。
一人勝手に勘違いして、悩んで、挙句別れ話まで切りだして。最悪だ。
しかし言い訳すらも土方によって奪われる。
何も言わなくていいよ、とでも言われているかのような、深い深いキス。

「あ・・・わ、たし・・」
「あ?」

「まだ貴方の事好きでいても、いい・・?」

嬉しそうにのシャツのボタンを外しにかかっていた土方は眼を細め、
「あたりまえだろ」と笑顔でのおでこにキスを落とした。







=**嫉妬しないほど貴方が好き**=





「さっきから人の耳元でいちゃいちゃちゅぱちゅぱうっとおしいんですが」
こちとら全力疾走で来たんですけど。
そう言いながら携帯片手に現れた総悟に、も土方も飛び上がった。


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