いつもそう。
大事なものはなくしてから気づく。
歩いていた足を止めて振り返っても、もう仔犬は付いてこない。
銀時は夕暮れの歌舞伎町を歩いていた。
今日は玉の出が良くて、ついつい長居をしてしまった。
彼の両手にはお菓子のたくさん入った紙袋。
甘いものは好き。昔っからこれだけはやめられない。幼いころからずっと。
これでも昔はガキ大将タイプだった。
よく仲間らと駄菓子をかけた遊びで独り勝ちをして、
子供のころもこうやってよく両手いっぱいのお菓子を抱えながら夕暮れを歩いていたのを思い出す。
そして、その後ろをまるで獲物を狙うハイエナのごとく、ちょろちょろついてきていた娘の事も。
「わあ!今日も大漁だねぇ」
「来やがったなハイエナ。付いてきてもやんねーぞ」
「良いじゃんケチー。いっぱいあるんだから」
「ぜーんぶ俺のもんですぅぅー」
慣れ染めはもう忘れたが、いつの間にか自分に懐いていた一人の娘。
彼女は常にお菓子を携帯している俺を絶交のかもとみなしたのか、よくお菓子をたかりにくっついてきた。
ちょこまかと煩かったが、仔犬のように尻尾を振って付いてくるそれはなかなか可愛らしく、
銀時もあながち満更でもなかったので、散々連れまわした挙句よくお菓子を分けてやっていた。
それだけ甘いものが好きだったのだ、彼女は。自分が言えることでもないが。
いつしかそれが当たり前になっていた。
自分が前を歩いて、彼女が後ろについてくる。
銀時の背を追って付いてきてくれる連中も少なくなくなったが、
彼女だけはずっと前から付いてきてくれていた、支えてくれていたんだと気づくのは、随分と後になってからだった。
「銀時、お菓子頂戴」
「ハアァ?おめーそれが人にものを頼む態度かよ」
「お菓子を恵んでください」
「おらよ」
「キャー銀ちゃんカッコイイ!大好き!」
「オイよせよ。そんな当たり前のこと言われたって俺ァ嬉しくも何とも」
「ていうか銀時本当常に甘味携帯してるよね。依存症?中毒者?」
「スルーすんな。甘味依存症なのはてめーも一緒だろうが」
「一緒、一緒か。・・・ふふ、いいね。そうかも、一緒」
「何ニヤニヤしてんの?キモチワリー」
「えへへ」
たまに意地悪したって、喧嘩したって、翌日には「お菓子頂戴」と付いてくる。
イライラが治まってなくて無視すればしゅんとしっぽを垂れて帰って行き、
ホレ、と飴玉をひとつ投げつけてやれば、ぱぁっと目を輝かせて笑顔ですり寄ってきた。
それが仲直りの合図だった。
彼女は、銀時のお菓子目当てで攘夷戦争にもついてきた。
毎日のように後ろをついてきていたのに、それが少なくなっていったのはいつごろだったか。
なにも彼女とはお菓子だけの付き合いではない。医学をかじっていた彼女は貴重な人員だ。
大怪我をして帰って来る仲間達に、目を回しながらも手当てに勤しんでくれた。
銀時も銀時で、人をまとめるポジションに立つ者としての立ち回りに追われ、構ってやれる時間も少なくなっていった。
いや最初から向こうから構って来るのであって、銀時から構ってやることも必要もないのだが。
それでもたまに差し入れを持って顔を出せば、彼女は笑顔で迎えてくれた。
戦争が終わって、仲間たちとは違う道を歩むことに決めた。
また昔のように後ろをついてくるだろうと決め込んでいたのに、今後ろを振り返っても彼女はいない。
今何をしているのかも、知らない。
ふと、歩いていた銀時は足をとめた。
ぽつぽつと額に雨粒が当たる。空が一気に暗くなって、遠くの方からサァァァ、という音が近づいてくる。
夕立ち。
煙草屋の傘の下で、銀時は紙袋両手に突っ立っていた。直ぐに止むだろう。
・・・なくしてから気づくとはよく言うけれど、自分は、彼女の事が好きだったのかもしれない。
例え向こうが、銀時のお菓子目当てでくっついてきていたのだったとしても。
仔犬のように後ろを嬉しそうについてきたその姿が、今も忘れられない。
昔はうっとおしがって面倒がって、優しくしてやった記憶なんてほとんどない。
昔を思い出して銀時がため息をつく中、世界の隅っこでパシャパシャとこちらにかけて来る足音が聞こえた。
「あーもう、急に振って来るんだもん・・て、あれ?」
「・・・・」
突然銀時が雨宿りしている傘の下に飛び込んできたのは、雨の中でもよく映える明るいオレンジの着物。
何でこんなところに、何ていう考えは、それ以上に考えることが多すぎて後回しにされた。
久しぶりに見るはガキだったころに比べて髪も伸び、体つきも女らしくなっていて。
雨にぬれた髪をべっとり額にくっつけながら、銀時に気づいたは目を丸くした。
「銀時?うっそ、銀時だ!久しぶり!元気だった?!」
「お・・・う、あ・・」
今は何してるんだとか、そっちも元気でやってるのかとか、
今度一緒に飲もうとか(唐突過ぎるか)、男は出来たのかとか(何を聞きたいんだ俺は)、
色々な言葉が頭に浮かんだが、上手く吐き出せない。
するとは銀時の両手にあるものを見て、ぷっ、と噴き出した。
「変わってないね。お菓子携帯癖」
「お菓子頂戴」は、彼女の口から聞くことはなかった。それまで待てなかった。
持っていた紙袋の中からチョコレートの詰め合わせをひっつかんで、の目の前に付きだす。
「や、やる」
は眼をぱちぱちと瞬かせた後、昔と同じ笑顔で笑ってくれた。
「銀時は今何してんの?」
「万事屋、何でも屋さんってのかな」
「あはは、銀時らしいや。どうせトラブルばっか舞い込んでくるんでしょ」
「オイオイ、分かってんじゃねーか」
「あはははは」
「オメーは?今何してんだ」
「攘夷」
ハッキリと帰ってきた言葉に、銀時は息をのんだ。
戦争中はあんなに戦いを嫌っていた彼女が。
戦争も終盤に差し掛かった頃、一回だけ銀時たちのキャンプが敵に襲撃された事があった。
戦闘などしたことなかった彼女は隅で震え、そんな彼女を庇って仲間の一人が大怪我を負ったのだ。
それを見た彼女はしばらく笑わなかった。
そんな彼女を見て、銀時はこの戦いが終わったら戦争から足を洗おうと決めたのに。
「そ、か・・・怪我、すんなよ・・」
「うん、ありがとう」
明日にでもこの街を出ていくと話すに、じゃァこれ持ってけ、と紙袋をひとつ丸々渡そうとすれば、
は腹を押さえて笑いながら遠慮した。
昔は、銀時がやるものは何でもみんな笑顔で受け取ってくれていたのだけれど。
「いいよ。銀時の貴重なカロリー源でしょ」
「遠慮すんなよ」
「本当に大丈夫だって。そんなに貰っても私食べられないよ」
「は?」
「私、甘いもの苦手なんだ」
聞き間違いかと思った。
だって、昔は毎日のように自分に甘味をたかりに来ていたこの娘が、まさか。
「私ね、貴方の事好きだったのよ」
「ゴメンね?毎日のように貴重な糖分たかりに行って」
ふらりと倒れそうになる体を必死に支える。信じられなかった。
銀時の持つ甘味目当てだと思い込んでいたのに。
お菓子がなくても、付いてきてくれていたのだ、彼女は。
「好きだった」と言う事は、今は?聞き返そうとした言葉は、その前にの言葉によって遮られた。
「でもね、私銀時に感謝してるのよ」
「たくさんのことを知れたし、たくさんのことを経験できたし、」
「たくさんの素敵な仲間達にも出会えた」
「ありがとう」
あれだけ激しく打ち付けていた雨は、いつの間にかあがっていた。
通り雨は直ぐに止み、今は夕陽が赤々とかぶき町の道を照らしている。
道の向こう側を見て、が「あっ」と目を細めたのがわかった。
夕陽に映える、綺麗な笑顔だった。
「じゃあね」
最初に渡したチョコレートを銀時の紙袋に詰め直して、彼女は煙草屋の傘を飛び出して行った。
足取りは軽く、ぱしゃ、と水たまりが跳ねる。
その腰から大きく揺れる尻尾が見えて、そして彼女が駆け寄って行く先に一人の男を見て、銀時は息をとめた。
主人を見つけた飼い犬のように一目散に駆け寄った彼女は、男の手前でぴたっととまり、
笑顔でその男を見上げながら首をかしげている。
風呂敷片手に現れた男は「待たせたな」と言っての頭を撫でてやっていた。
不意に、男の視線がこちらを向いて、銀時は体をこわばらせる。
包帯の掛かっていない方の男の瞳が、にやぁ、と綺麗な弧を描いた。
『テメーのモンなら、ちゃァんとリードを付けておかない方が悪ィ』
見せつけるように、頭を撫でていた手で彼女を抱き寄せ、銀時だけに聞こえるように唇を動かす。
動けずにいる銀時の前で、男はにたりと笑うと、ひらりと身を返して歩き出した。
それをが追う。ぱたぱたと、嬉しそうに、愛しそうに。
男の手から風呂敷を奪い取って、隣について歩くその姿は、とても幸せそうだった。
折角勝った景品のお菓子の入った紙袋はいつの間にか手からずり落ちていて、
先程の雨で出来た水たまりに浸り、滲んでしまっている。
=**雨上がり、虹は出ない**=
俺の甘味の携帯癖がついた理由を、
全てが終わった今更になって気づく。
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