血の付いた刀を俺がもっていて、
目の前でアンタが倒れてる、そんな夢を。

・・・実は案外見てます。



「・・・うご、総悟」

がたがたと心地よい振動に揺られながら、総悟はうっすら瞼を開けた。
・・・・もう屯所ですかィ。
あと少しで着く。運転席の土方が答える。

「・・・・・・やだなァ・・・風呂入ってから帰りてェ」
「・・ンなかっこで公共の銭湯にでも乗り込む気かお前」
「・・・・気分悪ィ・・」
「隊士たちの前じゃやめろよそういう態度」
「・・・へいへい・・・はぁ・・疲れたァ・・」

「・・お疲れさん」

珍しくこぼれた土方のねぎらいの言葉はなかったことにして(あれ?)総悟は再び瞼を閉じた。
抱きしめるようにしっかりと体に寄せられた刀を握りしめ、助手席で縮こまる総悟に、土方は小さく息を吐いた。
ナカナカに大きな討ち入り後。頭のてっぺんからつま先まで多量の血を浴びれば、最悪な気分にだってなるもんだ。
浴びた時は新鮮だった血は刻一刻と粘り気をまし、じっとりと湿った先がわずかに乾いて、ぱり、と気持ちの悪い音を出す。
吸って重くなった隊服は体に張り付いて不快なことこの上ないだろう。

そんな総悟を見やりながら、土方は赤信号でブレーキを踏む。「へたくそ」隣から聞こえた文句は聞き流して、青信号で発進すれば、
助手席の男は「・・・・風呂入りてェ・・・」と彼に似合わず弱弱しい声を出した。







**汚れた隊服を洗うのにいちいち文句は言わない**







「報告は明日でいい。さっさと風呂入って寝ろ」
土方と別れて自分の部屋に戻ってきた総悟は、そのまま畳に腰を下ろした。
・・・・・・気持ち悪ィ。

生暖かくへばりつく全身を今すぐ洗い流したいのに、一度おろしてしまった腰は不思議と上がらない。
鉛のように重くなった手をのろのろと動かして、赤いスカーフを緩める。
どろどろで「しゅるり」というよりは「ぬるり」とはがしたスカーフをそばに置いて、一呼吸おいてから、総悟は再び手を動かした。
少しずつでも脱がなければ、そのうちこの鉄のような体が本当に錆びてしまいそうだ。

何とかベストを脱ぎ去るところまで来て、大きく息をつく。
着実にまとわりつく不快な感触と重さからは解放されてきているはずなのに、気持ち悪い。
ベストを脱げば白いカッターシャツだ。見るも無残なことになっていたけれど。どんだけ浴びたんだ俺ぁ。
真っ白なシャツの半分を覆うはじけ飛んだ赤を見つめながら、総悟は息を吐いた。
気持ち悪いのに。いっそ吐き気なんて催してきそうなのに。真っ赤になったシャツは総悟の目を引き付けて放さなかった。
心のどこかで、この赤を見て安らいでいる自分もいるのも確か。
浅くため息を吐いて額をかけば指先に触れた自分の髪もひどくしけっていて、総悟は眉を顰めた。
そのまま髪を撫でる。ぬるり。
・・・・・・・・・・・・気持ち悪い。


「沖田さん」


後ろから聞こえた高い声に。なぜか反射的に総悟の手は動いて傍らの刀をつかんでいた。慌ててその手を離す。
どすん、と背中に温かい衝撃があって、力なく総悟はつぶやいた。

「・・・離れなせぇ。アンタが汚れちまう、せっかく風呂入ってきたのに」

ゆっくりと振り返って、総悟の胸に回されたの手をやんわり押し返す。
娘の手は暖かく、当たり前のように自分とは違う匂いがする。
「怪我してるんですか?」と小さな声が聞こえてきて、「ご心配どうも。かすり傷一つありやせん」と返した自分の声は、それよりももっと小さかった。

・・・こんばんは姉さん。なんか、アンタに抱き着かれて吐き気がしました。




「人の部屋入る時はノックくらいしてくだせぇ」
「開けっ放しでした」
「・・・・そいつは、すいやせん・・」

体がだるくてしゃべるのも億劫になってくる。
「すいやせんが今日は疲れたんで、また明日遊びましょう」
早く帰れと含みを込めてそう言えば、雑用娘は困ったように首をかしげた。

「・・すみません、なんて言いました?」
「・・・・・・だから・・・」

今日は疲れたんで、帰ってくだせぇ。
どれだけ今の俺は小さい声しか出ないのか。ギリギリまで近づけられたの耳元でそう呟けば、娘は総悟の顔を見て、そのあとやんわりと表情を崩した。

「何か飲みますか?お水持ってきましょうか」
「・・・はぁ?」
「喉乾いたでしょう」

どうしていきなりそんな言葉が出てきたのかはわからないが、そう言われてなぜか喉が渇く自分に気づく。
「酒飲みてぇ・・」そう言えば、は困ったように笑いながらやんわりとたしなめた。
「だーめですっ」

「・・こんな、体調の悪いときにお酒なんて」

・・・・・?
首をかしげる総悟の頬を、の手が本当に優しく撫でた。熱い温度。
ほどなくしては水を取りに部屋を出て行ってしまった。
小さく息を吐いて総悟は部屋の棚を開ける。引っ張り出したのは酒の瓶だ。
意識してしまえば恐ろしく喉が渇いて、湯飲みに半分ついだ酒をこくりと一息にあおる。
そして、飲み込む前に全部吐き出した。

「!げほっ、まっじィ・・・」

アレが居なくなれば少しは楽になると思ったのに。今のうちに風呂へ行くのが正解なのに。
吐き気も、倦怠感も、これならがいた時の方が随分マシだったと、総悟は心中でつぶやいた。




しばらくして戻ってきたは、水とお湯の入った桶を持っていた。
お湯に浸した手拭いを固く絞って総悟に差し出す。

「まずはお顔拭きましょうか。さっぱりしますよ」

受け取って適当に顔をぬぐえば、確かに多少はさっぱりした。
返した手拭いを再び湯ですすいで、がもう一度拭いてくれる。
しばらく総悟はのなすがままに身を任せた。

「・・・・・お酒、飲みましたね」
「・・・全部吐いたんでセーフでさぁ・・」
「全然セーフじゃありませんよ」
「・・・なんか、ガソリンみてェな味した・・」

飲んだことねェけど。そう言えば、は顔をしかめて持ってきたペットボトルを差し出した。
これは普通のお水ですよ。ゆっくり飲んでくださいね。
一口含んだ水は、冷えてもなければ恐ろしくぬるかったけれど、ただの水の味がしてごくんと喉を通って行った。

500mlのペットボトルは5分もしないうちに空になった。
特にこれといってすることもなくする気も起きない総悟はただただの動きを眺める。
は今度は総悟の髪を拭いていた。

だめですよー早く流さないと痛みますよう。沖田さん髪きれいなんだからー。

普段通りの優しい音を聞きながら、総悟は曖昧に相槌をうつ。
暖かい手拭いが髪の上を往復するたびに、自分では見えないが総悟の髪は綺麗になって行っているのだろう。
その代り、が持ってきたお湯の桶は、見る見るうちに赤く濁って行く。
「ねえさん」いい加減心苦しくなって、総悟は重い口を開いた。

「どうしました?」
「・・世話焼かせちまってすいやせん。後は自分で出来ますんで」
「遠慮しないでくださいよう、今日は疲れたんでしょう」
「結構でさ。んなにベタベタくっついてきちゃいい加減アンタの・・・・・・・あー・・・」
「?」

首をかしげてこちらを向いたを見て総悟は言葉に詰まった。
・・言わんこっちゃない。そんな血で汚れた服で、体で、もう銭湯なんてやってない時間だろうに。総悟のせいで。
ところどころ赤く汚れたを見て、喉の奥のあたりが苦しくなる。
この血は総悟のものではない。でも、だからこそ。

見も知らぬ他人の血でこの娘を汚してしまった気分だ。


と総悟は住んでいる場所は一緒でも生きている場所が違う。
この女はこちら側に来ることはないし、来てはいけない。それと同じく、自分は彼女の側には行けないのだ。
どんなことがあっても、一生。
コレは毎日一生懸命泥と埃にまみれて汚れていればいい。
男世帯の汗臭さや散らかし放題のごみやがらくたと格闘してればいい。
・・・・血で汚れてちゃいけないのだ。
自分みたいに。

「沖田さん」

呼ばれて、がこちらを見ていることに気づいた。いや、ずっと見ていたのだろう。最初から。
のびてきた腕に、赤く湿った体ごと抱きしめられて、総悟は呻いた。

・・・そんなにこっち側に寄ったら、アンタが、汚れちまうって、何で気づかない。


「ついさっき、この手で、あんたの知らない奴斬って来たんですぜィ俺は」
「聞きましたよ。お疲れ様です」
「その刀で、殺してきたんですよ。殺すって。わかんねェかなぁアンタには・・目の前で見なきゃ・・・そりゃぁ、わかんねェよなァ・・」
「何がですか?」
「・・人殺しは、犯罪ですぜィ」
「・・・・・・・」

人ってねぇ、簡単に死ぬんですよ。
吐き捨てるようにつぶやいて、眼下の娘を見やる。

「・・・わかんねェよなァ・・」
「分かりますよ、それくらい」

沖田さんは犯罪者だってことですよね。人として最低ってことですよね。
意外過ぎるその答えに、しばし唖然とした後、総悟はひくりと口元を歪めた。「・・・・へぇ、意外とわかってんのな」
「そーいうことでさァ」ちゃんとわらえてるかな。泣いてるようになんて見えていないだろうか。

「だけどわかりません」
「・・・・ん?」
「そのことと、私がおそばに寄っちゃいけないのとは、何が関係あるんですか?」
「・・そりゃ、アンタが、」
「私を汚しちゃいけないなんて、誰が決めたんですか?」

回された腕が、そんなに力も入っていないはずなのに痛い。

「汚すななんて、例え言われても沖田さんには到底無理です。ちょっとくらい汚れたって」

気持ち悪く体に張り付いた赤いシャツの上から、の手が優しく撫でた。

「このシャツだって。誰が洗ってると思ってんですか」


「私がきれいに洗うので、問題ありません」


ちょっとくらいの汚れ、簡単に落ちるんですから。
そんなに手加減して慎重に扱ってくださらなくても結構ですよ?

重かった体が自然に動いておそるおそるの肩を握りしめた。
「そーくんは優しいのね」よしよし、と、なだめるようにの手が回した総悟の背中をさする。
人ってね、簡単に死ぬかもしれないけど、それと同じくらい、簡単には死なないようにできてるんですよ。
意味わかんねェ・・。そうつぶやいてぎゅうと抱き寄せれば、血と、汗と、石鹸の混ざった匂いが鼻をくすぐった。
でもあんたがそういうなら、そう信じといてやるもの悪くねェかもしんねぇ。


「あー、でもこのシャツは駄目ですねぇ・・。新しいの下ろしましょうか」
「・・・・・やっぱ何も信じなかったことにしまさァ」


言いながらもきつく抱き寄せた腕の力は緩めない。
そのまま気を失うように眠りに落ちていたようで、気づいたらを抱いたまま朝になっていた。












お疲れ様でした!
一周年フリリク第五弾で「沖田さんを優しく扱ってあげる」でした!
何か微妙に訳の分からないものになってる気もしないでもないですが、すみません。
弱ってる沖田さんは好きです。これみたいに弱り過ぎてるといっそ誰だコイツってなりますけど。
ずばんずばん彼ら人斬ってますけど、喧嘩好きなのと仕事で人斬るとはまた別物ですよねぇ、やっぱり。
久しぶりに病んでる?総悟かけて楽しかったですwリクエストありがとうございました!
こんなものでよろしければもらってやってくださいっ。


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