本日のここ、真選組屯所はやけに静かだった。
静かといっても一応営業中だ。大きな討ち入りで屯所に人員が少ない、というわけでもなければ、地味っこ監察青年の「ミスディレクション・オーバーフロー」による捨て身の猛攻というわけでもなさそうだ(オイィィイ俺に対してどんな認識してんだこらァ!)
そのさまはまるで、嵐の前の・・・・・である。
否、もうすでに嵐なら起こっているのかもしれない・・・。

ばっしゃあぁぁぁああんん!

突如鳴り響いたド派手な水音に、びくりと飛び上がった隊士は、進もうとしていた道をあわてて引き返した。
いけないいけない!鉢合わせるところだった!!!
そして、あの水音はおそらく。

・・・・・・・・・。

さん、ごめんなさい!







**誰しもかれしも甘い甘い甘いキャンディ**







ぽた、ぽた、
水をしたたらせながら、真選組の雑用娘 は目の前の少年を静かに見つめていた。
梅雨の半ばだというのにカラッと晴れた奇妙な夏日。まるで嵐の前の・・・・・である。
否、もうすでに嵐なら起こっているのかも・・・と、くだらないくだりは省いておいて。
むしむしと暑苦しい日に水遊びとは涼しげで気持ちがよい・・・・・という問題でもなくて。

そもそも現在の体にぶちまけられ滴っている水は屯所の庭にある池の水だ。
その証拠に彼女の足元では真太郎さん(鯉の名前)が水を求めてびちんびちんと飛び跳ねている。
涼しげとかそういう話ではない。水も泥臭い。
真太郎さん(鯉の名前)の、人の太ももほどもある太く立派な体がびちんびちんと畳をたたきつける音がただただ響く。
いつも優しく明るい笑顔を絶やさぬことで隊士たちの間で評判な雑用娘が、評判にたがわぬ満面の笑み(ただしいつもとなんか違う)で口を開いた。

「沖田さん」

何ですかィ。返す少年。こちらも笑顔。

「これでいいですかィ姉さん」
「これっていったいどれの事を言ってるんですか沖田さん?」
「俺が蹴っ飛ばしてバケツの水零したもんだから、汲んで来いって言ったのは姉さんですぜ?」
「なにがどうなって庭の池の水なんですかどうして真太郎さん(鯉の名前)まで連れてきてるんですか何故私にかける必要があるんですか」

びちっびちっ、真太郎さん(鯉の名前)が苦しそうにもがき跳ねる。

「オマケでさァ」
「ぐっ・・・何ですかそのオマケいりませんそんなオマケ」

ひくりと吊り上った頬を必死に戻してニコリと微笑む。
一瞬余裕を失ったのを総悟は目ざとく見抜いて、楽しそうに口元を釣り上げた。
この少年はこちらの余裕のないさまを見て喜んでいるのだ、感情を見せてはいけないのに。湧き上がる底知れぬ怒りを抑えられない。
こうしている間にも刻一刻とぶちまけられた庭の水がきれいに掃除したばかりの畳にじわりじわりとシミを作っていく。
そして真太郎さん(鯉の名前)はびちっびちっと力強く跳ね続けている。


「真太郎さんを池に返してきてあげてください」
「イヤでさァ」
「沖田さん」
「アンタが返してきなせぇよ。ほれほれ早くしねーと干からびちまいまさァ」
「・・・・・真太郎さんは急に跳ねるから嫌です」
「何言ってんですかィ姉さん、毎日餌やってんじゃねェですか。こないだだって可愛いって言ってたじゃねェですかィ」
「・・・・・・・・・・」

びち・・・びちっ・・・真太郎さん(鯉の名前)の弱弱しい微かな抵抗がはかなげに響く。

「怖いだなんていっちゃコイツに失礼ですぜ。「真太郎さん」「ごぼごぼ」と呼び合うあんたらの仲じゃねェですか」
「「ごぼごぼ」ってなんだァァァァ!!」

うっがああああ!
あああもう!心の中で叫びながら、夏場の暑さに捲し上げていた袖をぐいと引き下ろす。
歯を食いしばって覚悟を決めて、は真太郎さん(鯉の名前)に向かった。
何度も深呼吸してから、そのぬめった体が絶対手につかないように指先まで袖に隠してそーっとつかもうとする。
いやだいやだいやだ、怖い怖い怖い!それでもなけなしの勇気を振り絞る。今自分が動かずして、誰が真太郎さん(鯉の名前)を助けられるというのか。
真太郎さんは庭の池の中でも一番大きくて立派な鯉だ。真選組発足時にとっつぁんからもらったとか言って、局長が笑いながら眺めていたのを覚えている。
土方さんだってたまに一緒に餌をやってくれる。「真太郎か、いい名前だね」って退くんも言ってくれた!(お前が名づけたんかい)

魚は苦手だ。いきなり飛び跳ねるから。突然驚かされたような気分になって心臓に悪い。
うごくな!うごくな!と念を送りながら恐る恐るその以外と思い体を持ち上げれば、真太郎さんは突然息を吹き返したかのように思いっきり跳ねた。

「うぎゃあああああああ!!!」
「ぎゃはははははははは!!!」

再び畳に投げ出される真太郎さん、青くなって頭を抱える、そしてそれを見て笑い転げる総悟。動物虐待は悪いことです。
半べそをかき震えながらももう一度抱え上げ、よたよたと廊下を池へと歩くを、総悟はにやにやしながらついて行った。

「うぅ・・・!ぬるぬるする・・ひィっ・・!動かないで・・・!」
「・・・・・・・・・・・」
「あ、わ、・・・んんっ!!そん、な、急に動いちゃ、やぁぁ・・・!怖い・・」
「・・・・・・・・えろい」
「・・沖田さんうるさ・・きゃああっ?!」

池の前まで到達した瞬間、渾身の力を振り絞って大きく跳ねた真太郎さんは、最後に思いっきりびったんとの顔に激突した後に、しぶきをあげて池の中へと戻って行った。
驚いた拍子にぽてんとしりもちをついたを見て総悟が満足そうに笑う。あー!面白かった!

「恋に翻弄される乙女って感じ出てましたぜィ姉さん」
「"コイ"違いじゃぁぁ!」
「あ、そーでした。もう乙女って年じゃねェよな、アンタ」
「訂正箇所違うぅぅう!!」
「さて次は“選之助さん”で行くかィ」
「だめぇぇぇええっっ!」

涙をこらえた真っ赤な顔でにらまれて、総悟は至極ご機嫌だ。
そんな総悟を見て、は大きくため息を吐いた。恐る恐る伺うように小さく尋ねる。

「・・・少しは機嫌治りましたか」
「んん?」
「沖田さんが荒れてる、って、屯所の皆が怖がってますよ」

むっ、と、それまで悪い笑みを浮かべていた総悟はわずかに顔をしかめた。
そしてぷいっとそっぽを向いて唾を吐く。叱られた子供のように。

「・・土方が悪いんでさァ」





真選組の副長と一番隊隊長が大喧嘩をしたというのは今や屯所中に広まっている災害情報だ。
つい昨日、サボりが発覚して土方にこっぴどく叱られ、こちらも食い下がってなかなかの言い合いになった。
土方がウザいのはいつもの事なのだが、それでも総悟をここまでいらだたせているのは。

「近藤さんもアイツの味方しやがる」

むすー、と頬を膨らませながら、半分開いた障子に背を預ける。土方の後に近藤にも怒られたのだ。あんまりトシを困らせるな、と。
はというと部屋の中で一身に(生臭くなった)畳を拭いていた。りせっしゅしたら直るかしら・・・・。
部屋の中は甘酸っぱい恋の香りならぬ生臭い鯉の匂いが漂っていて、換気のために開けた障子から外に流れ出してくる空気は泥と魚の匂いがする。
あーあ。土方死ねばいいのに。死ねばいいのに。
大事なことなので2回言いやしたー。なんてひとりごとのように呟いていると、部屋の中からがじと目でこちらをにらんでいることに気づいた。
聞くまでもなく、アンタは土方の味方だろーな。

「何でぃ」
「私は、沖田さんの味方ですよぅ・・・」

そーだろうそーだろう、何も知らないくせに!お前は聞くまでもなくそーいうやつええええええええええ。
庭に向かってはあっ、と息を吐き出しざまにあわてて魚臭い部屋の中をもう一度伺い見る。
はくすくすと笑いをこぼしていた。
「サボりはいただけませんけど、お手柄だったみたいじゃないですか」
・・コイツ、知ってんのか。

「土方さんも素直に褒めてあげればいいのに。酷い人」
「・・・それは、俺がサボってたから捕まえられたみたいなこと言ったから」
「近藤さんだって。手柄立てた人に対してがみがみ言うのはよくないですよねぇ」
「・・・大将って立場上、悪ィことは悪ィってしからねぇと示しがつかねェんでさァ」
「・・・ふふっ」

は笑った。いつもの明るく優しい笑顔。
生臭く湿った体はどう考えても総悟が悪いのに。

「攘夷浪士逮捕に変わりありません、もっと胸張ってくださいよぅ。私は沖田さんの味方です!」

だから、
怒られてへこんだときはおねーちゃんのところへいつでもいらっしゃい!

「ね!そーくん!」
「・・・・姉貴面ギザうざす・・・」
「ギザひどす!」
「・・・は、しょーがねぇなァ・・・」

どっこいしょ、と立ち上がった総悟はゆっくり部屋の中に足を踏み入れて・・・・・
すぐに廊下に飛び出した。
鯉くせえ!!!





「・・・ちゃんちゃん、ちょっと」
「あら、近藤さん・・に、土方さん。お二人そろってどうされました?」
「それがよぉ、総悟の奴が・・・」

廊下で会った局長と副長に申し訳なさそうに手招きされ、は首をかしげた。
困ったようにあははと笑いながら頭をかく近藤に、ものすごく気まずそうに煙草を吹かす土方。

示しつけるためとはいえ、ちときつく叱っちまったから拗ねてるかもしんねぇんだわ。
ハァ何ですかそれサボってる沖田さんが悪いに決まってるじゃないですか。
・・・・ちゃん、なんか総悟に対して怒ってる・・・?
いえべつに。ぜぇんぜん怒ってなんか。
トシ・・・・?
・・・・・・・・・・・。

「まぁ、そういうワケで、あんなナリしてアイツもまだガキだ。男ばっか、しかも部下ばっかん中でアイツも甘えられる奴がいねぇんだよ」
「だからちゃん、今回は俺が叱っちまったから、アイツの事甘やかしてやってくんない?」


は呆れたように溜息を吐いた。
なんだかんだ言って局長も副長もこの大きな子供がかわいいのだ。


膝の上に頭を乗せて気持ちよさそうに惰眠をむさぼるのは亜麻色の髪。
見張りしといてやるから入れと放り込まれてシャワーを借り、風呂から出ればこっちと手を引かれ引っ張り込まれた彼の部屋で、それはもう甘えられた。
ジュース持ってきて。おやつも欲しい。んじゃぁ食べさせて。
久しぶりにチューしてくだせぇ、おでこで我慢しといてやりまさあ。
んじゃぁね、あとはね、前々から一度やってみたいとは思ってたんですが、あ、ちょっとでも退いたら犯すんで。

・・その結果膝枕で耳掃除。
そのあと手持ち無沙汰に髪を撫でていれば、完全に心を許したていの子供は安心して夢の中だ。
しかし・・・・。


いかんいかん。思い出す回想を間違えたようだ。
近藤さんと土方さんの下りは、今は全く関係がない。

さらり、総悟の艶のある小麦色を撫でながら、はくすりと口元を浮かせた。





「ぶはぁぁぁ?!」

それは、昨日の晩のことだ。
買い出しから帰ってきたを待ち受けていたのは。

「うにゃあああああ!?目が痛いっ、なんですかこれぇぇぇぇ!」
「催涙スプレーでさァ」
「何故にそんな護身用品でお出迎え?!」
「今日の捕り物の押収品でさ」
「ぐあああああ!目が、目がァァァァァ!」

玉ねぎを直接目と鼻に放り込んだかのようなツーンとくる痛み。
止めようと思えどぼろぼろ零れ落ちる涙はとどまるところを知らない。つーか前見えない!
どん、と胸のあたりを突き飛ばされて、はこてん、とその場に転がった。
ここ庭ですけど!した砂利ですけど!!

「うわあ・・・姉さん今どんな顔してるかわかりやす?真っ赤になって泣きながら地面に押し倒されて・・・・」
「しるかぁぁぁぁああああ!!」
「でも、その涙は俺が泣かせたもんじゃねェ、こんな人工物にまでぐしょぐしょに泣かされちまうたァ・・・しかも、泣きたくもないのにあふれて止まらない」
「何微妙にエロ小説チックに言ってんですかァァァ!!催涙スプレーでしょ?!たかが催涙スプレーと思っていると意外と合わせ技でよけきれなくて文字通り痛い目を見る、それでもたかが催涙スプレーでしょ?!」
「え・・・姉さんなにエロい妄想してんですかィ・・・・官能小説の読み過ぎでさァこの淫乱女が」
「どっかの誰かさんに読みかけでしおり挟んでた本何度もすり替えられましたからねええええ!!誰のせいだと!!」
「あ、何枚か写真撮らせてもらうんで、保存して旦那に見せびらかすんで」
「コラァァァァァア!!」




ふう、
ぽちぽちと手元の四角い機会のボタンを操作して、は怪しげな笑みを見せた。
真選組一の実力者ともあろうお方が、こーんな簡単に雑用娘なぞに隙を見せるとは。まったく。


計 画 通 り 。 デ ー タ は 抹 消 さ せ て い た だ き ま す か ら ね 。


目覚めたら「姉さんの泣き顔フォルダ@」「姉さんの泣き顔フォルダA」の全データがデリートされていて、
近藤に叱られた時よりも数段凹んだ総悟である。












お疲れ様でした!
一周年フリリク第六弾「沖田さんをあまあまあまやかす!」!
肝心の甘やかしてるところまるまるすっぽかした感が否めませんけども!!!
あれ、どうしてこうなった?!
甘やかす、と見せかけて計画通りなヒロインが描きたかっただけですw
こんなものでよろしければもらってやってくださいっ。リクエストありがとうございました!


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