小さいころから体が弱くって、季節の変わり目になると良く身体を壊していた。
咳が特にひどくて、駄目な時は授業も受けられないくらい。その日も、
あまりにもひどいものだから、保健室で休んでた。
だんだん熱を持っていく体を本能的に感じ取りながら、乾いた息を吸い込めば湿った喉がカラカラと痛む。

コホン、

咳をすれば、反射的に吸い込んだ息が喉の奥についた。
二、三度鳴らした末に、ゴホゴホと咳き込む。ケンケンと一人咳の音が響くのを聞きながら、あたりで動く気配がないのは、保健室の先生が不在なのを示していた。丁度出払ってるのかな。

ゴホン、ゴホ、ゴホ、

急激に不規則に、体の中を出入りする空気に、頭の隅がうっすら痛みを持つ。目元に熱がこもる。
やば、止まんない。
ゆっくり体を起こしてベッド脇のカバンをあさろうとすれば、手元が狂ってカバンごと床に落としてしまった。
ドサリという音を頭の隅で聞きながら、それでも止まらない咳に嫌気がさす。
ゲホン!大きく咳き込んで、体をくの字に曲げる、そんな私の額に、ぴた、と冷たいものが当たった。


「だいじょーぶかィ」


咳は止まらないけれど、驚いてそちらを見る。ベッドを区切るように閉じられたカーテンが開いていて、いつの間にか隣にいたのは、薄茶色の髪をした、周防色の瞳の男の子だった。

「っつっても返事できる状態でもねーか」

額に当たっていた冷たいものが外されて(それは私のカバンの中に入っていたペットボトルだった)きゅぽ、とキャップが外される音。
背中を支えてもらいながらペットボトルを傾ける中、空いたカーテンの向こう側のベッドのカーテンもまたあいているのがちらりと見えた。
この人も体調悪くて休んでたのに、私の咳のせいで起こしちゃったのかな・・・・

飲み物を飲んで幾分咳も治まったころ、昼休みのチャイムが鳴って、その男の人は適当な言葉を残すとさっさと保健室をでて行ってしまった。
チャイムの余韻が響く中、お礼も言い損ねたことを頭の片隅で思った。






**退屈な保健室**






放課後、開いていたノートを閉じたはトントンと整えた後に図書室の席を立つ。
休んだ分の授業はその日のうちに写させてもらわないと溜まるから、と、体がしんどくなければこうして残って図書館で借りたノートをとらせてもらう事にしていた。
幸い本日は午後からの授業は問題なく受けられたので、早く終わった、と帰り支度を済ませて昇降口を出る。
校内はまだまだ部活動の真っ最中で、カツン!と勢い良く聞こえてきた竹のぶつかる音に視線を向ければ、隣の体育館で練習をしていた剣道部の姿が目に入った。

そこで、瞬きもできず立ち尽くすことになる。
開いている体育館の扉から見えた中で剣を振るっていたのは、昼間カバンからドリンクを取り出してくれた男の子だった。
ミルクティーのような色素の薄い髪が汗で肌に張り付いている、そんな彼の視線はまっすぐ前を見据えていて。
昼間のちょっぴり眠そうな表情からは少し想像できなくて、一瞬見とれてしまった。

そうか、彼は剣道部だったのか・・・。
小さく口の中でつぶやいて、ひと言お礼が言いたいなぁなんて思った。
でも練習中に入っていける空気でもなく、その日はそのまま帰った。



一週間後。保健室のベッドの上。
ため息を吐きながらは天井を見つめていた。けほん、喉が鳴る。
やっぱり季節の変わり目は体調がすぐれない。たまたま先生が休みで自習だったのでノートの心配はないが。
のど、かわいた、
咳がひどくならないうちにと、ごそごそとカバンの中から飲み物を取り出す、の目の前で、カーテンが開かれる。

「やーっぱり。またアンタか」

顔をのぞかせたのは、この間の男の子だった。
この前と同じく、ちょっぴり眠そうな目。大きな瞳がこちらを向いて、少しだけ細まった。
「今日はこの前ほど酷くねェんだな」

「ご、ごめんね。貴方も体調悪くて休んでるのに、咳うるさくて・・」
「別に。仮病で昼寝してるだけなんで気にするほどでもねーですぜ」
「へ?え、仮病??」
「それに、ウチのねーちゃんもぜんそく持ちなんで、ケンケンうるせーのにも慣れてらァ」

そう言うと、男の子は大きな欠伸をして首にかけていたアイマスクをつまみながら隣のベッドへ戻っていく。
ガチだ。ガチで爆睡のコース進む気満々だこの人。
何か声をかけたくて息を吸い込めば出てきたのは盛大な咳だった。

「あの・・・げほっ、げほん!」

立ち止まった男の子がこちらを振り向いて小さく息を吐いた。「何か呼んだ?」
何を思ったか椅子を持ってきたその子はのベッドの隣にそれを置いて、そこに腰をおろす。
とりあえず、ガチで爆睡のコースは諦めたようだった。

「けほん、この間の、」
「うん」
「咳、止まんなかった時の、お礼も、言ってなくて、げほ、ありが、ごほっ」
「今も止まってねーじゃん。水飲め」
「うん」

「ありがとう」
「何も大したことした覚えはねェですが。まァ、そー言われて悪い気もしやせんねィ」

どういたしまして。
悪戯に笑った彼の笑顔が眩しくて、熱が上がったみたいに頭がくらくらした。
何より、もう一度こうやって会って喋って、お礼を言えたことが嬉しくて。
彼が保健室に来る理由はなんだか賛成しがたいが、どうせ一人でいても退屈な保健室。
一緒に喋ってくれる人がいるだけで幾分か心強い。
休み時間のチャイムが鳴って名残惜しむように「またこうやってお話しできたらいいな」と素直な気持ちを口にすると、薄茶色の髪の男の子は微妙に複雑な表情をして頷いた。
「それアンタがまた体調悪くてぶっ倒れるってことですかィ」
ごもっともだ。私も苦笑いで返した。

それから彼・・沖田君とは何度か保健室で一緒になることがあって話をしたりした。
沖田君は根っからのサボり魔で大体一日一時間はサボっているらしく、で大概気分が悪くなるのは気温の上昇する昼前から昼にかけての時間だったので、それに合わせて(って言う言い方はとっても変だけど)沖田君が様子を見に来てくれる時もあった。
まぁ、私も私で毎日保健室に通っているわけではないから、本当にたまに、なのだけれど。
それでも沖田君とおしゃべりする時間は凄く楽しくて、いつのまにか保健室で休むときは彼が来ないかなとわくわくするようになっていた。
イヤ、私はサボりはいけないことだと思っているので仮病は使わないけど。



そんなある日の事だった。
体育の時間の途中眩暈がして、保健室で休んでいれば、授業終わりのチャイムとともにコンコンとノックの音。
実際、沖田君だったらいいなと思ったことは否定しない。彼はもはや授業中だろうが休憩時間中だろうが神出鬼没に保健室に現れる人だったから。
まぁ、残念ながら期待は外れて入ってきたのは一人の女子生徒だった。
なーんだ、再び閉じられようとした瞳は彼女の次の言葉にハッと見開かれることになる。
「先生、沖田君って、来てますか?」

「沖田?イヤ、今は来ていないが」
「そうですか・・あの、先生、お願いが・・」
「?」
「こっこれ!」

おずおずと女の子が取り出したのは小さなピンクの封筒だった。音が出ないようしっかり口を両手で押さえて、カーテンの隙間からこっそり慎重に覗いたの目に、封筒に貼られたハートのシールが入る。
沖田くんが良く授業をさぼって保健室に来ているという噂を聞きつけて、彼を見かけたら是非その手紙を渡してほしい、と頼む女子生徒に、保健室の先生は困ったように頭を掻きながら、それでも一つ息を吐いてその手紙を女子生徒に返した。こういうのは自分が本当に伝えたいと思った時に、自分の手で渡すものだ、と。

「頑張れ」
「・・はいっ」

お礼を言って保健室をでていく女の子を見送って、は再び布団の中へと潜った。
眩暈でグワングワンするのに加えて、胸のあたりまで苦しくなってきた。
次の授業も休んでいいって言われてるし、もう少し、寝よう。
けほ。少しだけ咳き込んで、は瞼を閉じた。



「・・い、オーイ、

「けほ・・・あれ・・沖田君?」
どうやら眠っていたようだ。うっすら開いた視界に映ったのは自分を覗き込む沖田君の姿で、思いのほか近くにあった顔に驚くに、沖田君は呆れたように息を吐いた。

「起きやしたかィ。アンタ、寝ながらあんだけ咳き込めるって、ある意味器用だねィ」
「え・・・私、寝てる時そんなに咳してた・・?」
「うんちょっとビビった」

沖田君の手が伸びてきて、何をされるかと思えば親指で目じりをぬぐわれた。
涙が出るほど咳してたのかと思い、それは沖田君じゃなくてもちょっとビビるわとか感じながら謝罪の言葉を伝える。

「ごめんなさい・・・あれ、先生は?」
「今昼休みですぜィ。アンタ俺より寝過ぎ」

いつの間にか保健室の先生も昼休憩で部屋を開けているらしく、保健室には沖田君と二人だけだった。
先生の座っていたデスクを眺めて黙り込むに、沖田君が首をかしげるのが視界の端っこで映る。
先ほど先生の言っていた言葉を思い浮かべながら、勝手に動いた、というのがしっくりくるように。
の口は動いていた。

「沖田君」
「なんでィ」


「私、沖田君の事、好きだな」


「・・・・・は?」
「うん、好き、なんです」

言い切ってからゆっくりと視線を沖田君に向ける。
沖田君は、いつも眠そうな目をぱちぱちと瞬いて、状況がよくわからないというように首をひねった。

「イヤ、なんでいきなりそうなった・・・・?」
「・・・」

何も言わずじ、と見つめれば、
沖田君はやがて怒ったような困ったような表情で、眉間にしわを寄せた。

「・・悪ィけど、」

その言葉に、あらら、と思いつつ、胸が締め付けられる思いがする。


「イキナリんなこと言われても困りまさァ」

「・・そっか。・・・・・そうだよねぇ」
「へい。困りまさ」
「うん」
「ごめんな」
「気にしないで」


「・・じゃァ、俺次体育なんで。お大事に」
「うん」

半ば逃げるように、さぼる気満々だったであろう体育に向かう沖田君を見送って、はベッドの上に倒れ込んだ。
振られちゃったかな。残念だな苦しいな。
イヤでも。
いずれ自分がこのような気持ちになるのは確定に近い事だったような気がするし、本当に気付いたころ彼の隣に別の子がいたとしてもそれは遅いのだ。

伝えたいと思ったことを今伝えた。
溢れる涙を布団に押さえつけながら、青春だなぁなんて一人ごちた。


そもそも沖田君の答えは至極まっとうだ。
いきなり以外の何物でもないし。彼も私もお互いの事をほとんど知らない。
案外冷静に働いている頭に、自分で苦笑いをもらした。

体が弱い分、心は強い子だと思う。
もう会うことがないなんて、そんなことはないだろう。
もう一度、今度はじっくり相手の事を知ればいい。
もし沖田君が保健室に顔を出さなくなったなら、こちらから会いに行けばいい。
沖田君と仲良くなりたいのは事実なんだから。頑張らない理由がない。


また沖田君とおしゃべりしたいな。
ごしごし布団で目元をぬぐって、ゆっくりと瞼を上げる。
何となく、その時は案外近い気もした。

コンコン、保健室の扉がノックされる音。
けほ、と咳をして、は寝かせていた体を持ち上げた。










お疲れ様でしたー!
リクエスト『真選組(沖田さん)で学園パロさわやか青春!』でした!
さわやか青春ねこの実力では難しかったです・・・!ごめんなさい。
沖田さんの沖田さん成分が皆無で本当ごめんなさい。
振られる青春が書きたかった。。。!!
ひまわりさん、リクエストどうもありがとうございました*^^*


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