朝日が昇り、夜が主な活動時間のかぶき町は再び静寂を取り戻し、辺りが静まり返ったころ、ソイツはやってきた。
茶色の毛皮を纏い、頭から立派な角を生やして――――
Little deer
「おはようございます。新八君、銀さん」
にこりと他人の心を和やかにするような柔らかい微笑みで本日の依頼主、はやってきた。
「朝早くにごめんなさい」と頭を下げる。こういった物腰の柔らかさも好感度アップの要素なのだろう。
「いいんですよ、起きてましたから」
「新八君は、でしょ」
ふふ、と笑みをこぼしチラリと俺をみる。
同時に新八も苦笑いをしながら、たった今布団からやっとの思いで抜け出した俺を見て「はい。僕は、です」と返す。
が万事屋に来るようになったのは引っ越しの荷物を運ぶ手伝いを依頼しに来たのがきっかけだ。
俺達の素晴らしい仕事っぷりが気に入ったのか、俺達万事屋を気に入ってくれたのか、以来、何か事あるごとにちょくちょく顔を出すようになった。俺が朝弱いのを知る位に。
とはいっても依頼をしにきて大枚を叩くのではなく、『近所のよしみ』と言ってはガキ共に栄養を付けさせたり(主に肉料理。これは俺としても正直助かっている)、燃えるゴミの日だからといってはそこらへんに積んであるジャンプをゴミに出してしまったり(買ってきたばかりのジャンプまで出した時もあった。あれまだ銀さん許してないからね。未だに根に持ってるんだからね。)やたらと世話やいらぬおせっかいを焼くだけ焼いて帰っていくだけである。
はまるで竜巻の様だ、と銀時は思う。
かといって本人には自覚は無いらしい。知らぬうちに他人をぐるぐると渦の中へ引きずり込んで皆でぎゃあぎゃあ騒いで、
彼女が去ると「あ、竜巻が来てたんだ」と皆で気がつく、そんな感じだ。
でも嫌いな風ではない。皆が来ると自然と心が穏やかになる。だから新八も神楽もを慕っているのだろう。
風自体は春風の様に柔らかくとても心地よいのだ。
ただ風速が普通の春風と比べて少し強いだけなのだろう。きっと。
「まだ神楽ちゃんは寝てるのかな?」
「まだ押入れでグースカ寝てる。銀さんもさっきまで寝てたんだけど。誰かがインターホンを何回もピンポンピンポン鳴らすから目が覚めちゃったんですけど。こんな早朝に騒音出して近所から苦情くるよ!?その年でもう騒音おばさんって呼ばれたいの??」
「朝の九時は早朝とは言いません」横からピシャリと新八のツッコミが入る。
も「そうだよねー」と同意する。
何、このけなされた気分。
なんだよ良い子ぶりやがって。お子様(といってもは俺と同年代だが精神年齢は絶対俺の方が上だ!多分)と銀さんの寝る時間帯は違うんだよ。
俺にとって九時はまだ早いの!ガキは『おねえちゃんでもいっしょ』でも見てやがれってんだ。
「銀さん思考ダダ漏れなんですけど」メガネが俺をジロリと睨む。ったく、メガネの分際で。
「いや、だからダダ漏れだっつってんだろ。なんだよメガネの分際って。僕のことメガネネタでいじるのいい加減やめてくんない?結構深い傷になってるんですけど」
ブロークンハートどころかもう壊れるハートが無い位、木端微塵に砕けてるんですけど、と喚く新八をよそに騒音おばさん、もとい、に目をやる。
「ところでちゃんはなんでトナカイの服なんか着てるの?」
***
「すいません。なんか普通に振る舞っていたので僕もツッコんでいいのか分からず・・・」
「ホントだよ!もうっ。いつツッコミが来るのか待ってたんだから!」
口をへの字に曲げて拗ねる。
「・・・でもなんでトナカイなんですか?」
新八の質問に、よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに目をキラキラと輝かせて俺に向き合っては口を開いた。
「今日は久し振りに万事屋さんへ依頼をしに来たんです!」
「久し振りって言うと何回か過去に依頼してるような感じだけど実際は一回しかしてないからね」
「お登勢さん主催のかぶき町クリスマス会、もちろん知ってますよね?」
俺の訂正無視か。
知らない訳がない。
その主催者とは家賃を巡る壮絶な戦いが毎月繰り広げられるから当然敵(?)の情報も知っておかねばならない。
(本当は一昨日スナックで直接聞いた)
なにやらかぶき町全体を挙げてのイベントらしく各店が雪像や露店を出すらしい。
冬なのに何で露店なんて出すんだ、と聞いたら様は盛り上がればなんだって良いとのこと。
結局はテキトーなのだ。ま、かぶき町らしいったららしいが。
「それで今日私が子供達にプレゼントを配る役をお登勢さんに頼まれたんです!」
きっと彼女の気分を的確に表現しようとするなら『ルンルン』が一番ふさわしい。
そして語尾には音符のマーク。それ程は嬉しいそうにはしゃいでいた。
「神楽ちゃんがまだ起きていなくてラッキーでした」
がさごそと背後に置いてあった白い袋から(トナカイが袋引きずるっておかしくね?普通サンタだろ!?)は赤いコスチュームを取り出した。
「銀さんには今日、一日サンタになってもらおうと思って」
うん。やっぱりサンタだよね。袋はサンタが持ってなくちゃだよね。と頷いていたらの言葉の意味がようやく脳に到達した。
「えええええええ!!?なんで俺がァァァァァ!!?」
「よかった!もしかしたら銀さん今日予定があるかも、って思ったけどやっぱり無かった!」
む、失礼な。だが否定出来ない所が悲しい。
「いや、さっき頷いてたけど了解の意味じゃないから!」
違うから、と言う前にが「神楽ちゃんはまだサンタさんのこと心の奥では信じてるみたいだし、起きてこない内に早く銀さん着替えて!ほら!」と一気に捲し立てると俺を脱衣所にサンタ服と共に追いやった。
仕方ない。今日は「万事屋銀ちゃん」ではなく「銀サン太」になってやるか。
―――結局今日も竜巻に巻き込まれてしまった。
「さあ、行こう!」
着替えを終え脱衣所から出てきた銀時の腕を、遅いよ銀さん、と引っ張り
「新八君ごめんね!今日一日銀さんをお借りします!」
とだけ言い残すと、だるそうにする銀時を連れてはどたばたと万事屋を出て行った。
「・・・作戦成功、です。お登勢さん」
残された新八は一人クスリと微笑んだ。
***
町内をてくてくとトナカイとサンタが並んで歩く。
まだ九時を半分過ぎただけだ。
会社勤めのサラリーマン達の出勤時間帯も過ぎ、道は閑散としていた。
「なぁ、この袋の中のプレゼント全部無くなるまでやるの?」
が運んできた白い袋。俺のコスチュームを出してもまだ袋の中はぬいぐるみやおもちゃでぎゅうぎゅうだった。
「もちろん。それが依頼だもん」
「っつーかお前がやってることって依頼の依頼じゃねーか。なに人にまでババアの仕事回してくれちゃってんの」
「それはお登勢さんが『大変だったら銀さんに荷物持ちを頼めば良い』って言ってくれたからお願いしました」
肩にずっしりとのしかかる袋。ぬいぐるみや玩具も中々侮れない。一体何個入ってるんだ。
確かにがこれを一人で持ちながらかぶき町を回り歩くのは骨が折れるだろう。
「仕方ない、じゃ、荷物を減らしにまず商店街にでも行くとすっか」
とことことサンタの後をトナカイが角を揺らしながら追いかけていった。
銀さんの予測通り商店街にはたくさんの親子連れがいた。
銀さんを見ては「サンタさんだー!」と歓喜の声をあげて駆け寄る子供達を見て自然と頬が綻ぶ。
まだ私の腰にも届かない小さな生命。これが母性本能ってやつだろうか。
ほら、プレゼントやっから並べー、と銀さんはちびっ子達に声を掛ける。
そして目線を合わせるために背を屈める。おもちゃを渡す時の銀さんの手は子供達の肉づいたふにふにしている手ではなくがっちりと骨ばった大きな手。
あぁ、銀さんも大人の男の人なんだなぁ、なんて当たり前の事をぼんやりと思った。
ありがとう、と喜びを顔全体で表す子供を見て私もとても嬉しくなる。銀さんを盗み見れば彼も心なしか嬉しそうに見える。
「またな」にこりと柔らかい笑みを浮かべ、くしゃりと子供の頭を撫でた。
普段のやる気のなさそうな声とは違い、今まで聞いたことのない少し低めの優しい声色は私の心臓をドキリとさせた。
なんで私は彼の一挙一動にこんなにもドキドキしているのだろう。
もしかして今から四十秒後に心臓麻痺で死んでしまう予兆、とか?
でも他人に殺される覚え何てないよ・・・?
***
「銀ちゃん出て行ったアルカ?やったなぱっつぁん」
十時過ぎ、ごしごしと目を擦りながら押入れから出てきた神楽は、家主がいない事を確認するとニヤリと仕掛けたいたずらが成功した時の子供の様に口元を緩めた。
そう。僕達はお登勢さんに相談して銀さんとさんがクリスマスイブに一緒に出かける様に図ってもらったのだ。
そして三人で捻るに捻って出した一番の作戦はお登勢さんがさんに頼んだ内容。
「町内の子供達にプレゼントを配る事」である。
一見二人とも人見知りをしなさそうなタイプなのに恋愛事になるとそのシャイっぷりに磨きが掛る。
本当に二人ともこういった事になると奥手の奥手なのだ。
シャイだと自負する僕ですら見ていてもどかしく思うのだからよっぽどだ。
そして二人して鈍い。
もしかしたら彼等自身相手の事を好いている事すら気づいていないのかもしれない。うん。ありえなくない。
そして僕らがこうしてきっかけでも作らない限り二人で出掛けるなどほぼ、百パーセントあり得ない。
まったくいい大人達が子供達に気を遣わせてどうする。
「あーゆーのはいっせんこえたら絶対早いアル」
僕の心を読んだかのように神楽が言う。
しかしその一線に到達するまでが彼らの場合大変なんだ。
きっとスタート地点に辿り着くのにもやっとのことだろう。てか、
「そんな言葉どこで覚えてきたの、神楽ちゃん」
「昼ドラ」
***
「ありがとう、銀サン太さん!本日のお仕事終了でーすっ」
空になった白い袋を上下に振りながら「お疲れ様でしたっ」と笑う。
「おう、お疲れ。どっか休憩しに行こーぜ」
さんせー。と俺の後ろをぽてぽてと歩く。
仕事が終わっても着替えを持っていない俺達は未だサンタとトナカイのコスチュームを着ている。
その俺達を見た小さな女の子が「トナカイなのになんでサンタさんの後ろを歩いてるのー?」と純粋な目でに問いかけた。
「ねぇなんでー?」
えっと・・・は少しどもり、そして
「今から発進しまーす。みなさん引かれないようお気を付けくださ―い!」
とおどけた様に言うと、たっと俺の前を掛けて行った。
ちりちりと首に付いている鈴を鳴らしながら走るを眺めていた俺もハッと我に返って慌てての後を追った。
「ごめん、銀サン太。疲れてるのに走らせちゃって」
ゼェゼェと息を切らして謝る。お前の方がバテてんじゃねーか。
「いい年こいて全力疾走なんかするかよ、普通」
うー、傷ついたー!まだ若いもんっ!馬鹿にするなあああ!と、
俺は半分冗談のつもりで言った言葉をは本気で取り、顔を熟したトマトのように真っ赤にさせて腕を引いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで俺の鳩尾にの渾身の一撃がやってきた。
ク、クリティカルヒット・・・!
がはごほ、と咳き込み患部を抑えながらしゃがみこむ。
あの細いモヤシみてぇな腕にどんな力が・・・。
「おい、、ちったぁ手加減しろ、手加減」
「私が手加減したら銀さんにとっては虫が止まった位の力でしょうよ」
「でも鳩尾はねぇだろがぁぁぁぁ」
あああああ、最悪のクリスマスだ。別に綺麗なねーちゃんとデートとかそんな大それたこと考えちゃいねぇが、そんな夢見る年でもねぇが、寒い中サンタの格好をしてトナカイ女にグーで鳩尾殴られて半泣きにさせられる様なクリスマスも望んじゃいねぇよっ!
「ごめんなさい、そんなに痛かった?」
眉尻を下げ心配そうに俺の顔を覗き込む。
「体はなんともないが、その、なんというか銀さんの心がしくしく痛むというか、虚しいというか、悲しいというか」
あはは、意味わかんないよ、とからから笑いながら、は俺の背中をばしばしと叩いた。
今のは少しぶっ飛んだハプニングだが、普段のはもっと大人しい。
初めて会う人達と同席すると尚更。
以前が万事屋で掃除の手伝いだといって上がり込んで来た時、沖田総悟、通称ドS星の王子様が家にやって来た時のアイツの緊張の仕様といったら。笑えた、笑えた。
気を利かせて飲み物を持ってきただったが、小指をテーブルの角にぶつけたせいでよろけて沖田にコップの中身をぶちまけ、おまけに入れた飲み物がミロだった為、沖田の制服はべたべた。
羞恥心で顔を真っ赤にし、慌ててタオルを取りに行こうと台所に立っただったが、今度は床に置いてあった雑巾を踏み、見事に尻から転到。
まったく、いつの時代のコントだよ。(だが俺は一部始終大爆笑していた)
沖田のあっけにとられた顔も、の慌てふためく滑稽な姿も、なかなかの見物だった。
それ位は初対面の人が苦手なのだ。
だからか、こうしてが自分に素でじゃれあってくれるのは中々嬉しい。(先の鳩尾ストレートは別)
人見知りの激しいが緊張せず、落ち着いて話を出来る対象に自分が入っていることが。心を開いてくれていることが・・・
・・・そうか、嬉しいのか、俺。
今まで知っていたようで知らなかったことを発見し、少し驚く。
「はい、銀さん」
コンビニに入った俺達はの希望で肉まんを一個ずつ頼んだ。
自分に手渡されたほかほかの肉まんはじんわりと冷えた手を温める。
「お前、神楽みたい」クリスマスに公園のベンチで肉まんだなんて。
クエスチョンマークを頭に浮かべ首を傾げる。
「ところでお前、今日の報酬は?まだだけど」
「肉まんってことで「アホかァァァ!」」
前言撤回。心を開かれてもちっとも嬉しくない。ただずうずうしくなってるだけだよコイツ!
しかも、「俺の肉まんは俺が払いました!」
「冗談です、冗談」
「お前の冗談は冗談に聞こえねえの!」
良く言えばまっすぐで純粋、そして素直。悪く言えば少しぬけている。
そのため極稀につく冗談も本気で言っているのか、冗談なのか区別がつかない。
「神楽ちゃん達には内緒ですからね」人差し指を唇に当てて口端を上げる。
「当たり前だろ。お前こそ言うなよ、後が恐ろしいからな」
こっそりイイモン食いやがってこのテンパがァァァ!と叫びながら飛び蹴りを繰り出す神楽の姿が容易に想像できる。というか経験上知っている。
「そろそろ帰ろー、銀さん。寒いー」
早々と肉まんを食べ終わったはぶるりと身を震わせた。
「そーだな、戻るとするか」
ベンチから腰を上げ、前を歩くを追う。
「きっと神楽ちゃんと新八君がパーティーの準備して待ってるよ」
くるりと振り返って、にこりと微笑むを見て思わず俺の顔も綻ぶ。
雪化粧に覆われた街を並んで歩くサンタクロースとトナカイ。
幸せそうに笑い合う二人を暖かい家が彼等の帰りを待っている。
Little Deer
「んで、お前、報酬―――っておい!逃げるなバカトナカイ!!」
颯爽と走る小さなトナカイを追うサンタクロース。
これぞクリスマス。
これぞトナカイ。
これぞ、サンタクロースたるもの。
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