クリスマスイヴだってのに、俺は一人寂しく民家の屋根の上を駆けていく。
下を見たら終わりだ。
キラキラ光るイルミネーションとか、楽しげなカップルとか。
きっと見たら最後、あんぱんスパーキングする余裕もないくらい体中から気力が抜ける。

屯所に帰ったら、今日の結果をまとめて、報告して、寝る。
そして明日の仕事に備える。
それが真選組隊士のあるべき姿だ。ストイックに生きるんだ山崎退。

決心を固めた矢先、不意に足元が崩れた。
え? あれ? と思った直後。叫ぶ間もなく。
気付いたら落ちていて、俺は瓦礫に囲まれていた。



呆然と上を見上げる。木製の天井と、俺の真上に開いた歪な穴。
パラパラと木屑や瓦の欠片が落ちてくる。

…ええぇぇぇ、そんなのあり? 何だこの展開は!
俺マジメに仕事してたのに!
そりゃ、屯所から出るまではぶつくさ言ってたけど。
さっきも後ろ向きな思考ではあったけど…だからってこんな仕打ちはないだろう。

 
え、屋根なんか歩いてたからだって?
普段だったら通行人もそんなに多くないから道を行くけど、今日は人が多くて仕方なしに屋根を足場にしたんだ。
正当な理由があっての選択。俺は何にも悪くない…筈。

この屋根の弁償で会計方から小言が来そうだ。
ここの住人が理解のある人だったら良いんだけど、武装警察に良いイメージ持ってる人なんていないだろうし、なにかしらきちんとお詫びしないとなぁ。
何とか穏便に事を治めて・・・

考えを巡らせる内に、ふと自分の見ている景色に注意が向いた。
清潔そうな薄緑の寝具。綺麗に整頓された文机にノートパソコン。言わずもがな瓦礫の被害にあっている。あ、これも弁償か…。
その横にある、化粧品。本棚のファッション誌。

お、女の子の部屋…?
いや、そりゃ当然そういうこともあり得るけど、拙いだろうこれは。
夜に見知らぬ男が落ちてきたりしたら…。

落ち着け、落ち着くんだ。とにかく会って話をしない事には始まらない。
不運だとばかり思っていたが、住人に怪我をさせなかった事はかなりのラッキーだ。
前向きに考えろ。

家主にあったら間髪空けずに土下座だ。畳に額擦りつける勢いで。活路を見いだせ!
いつも鬼の副長やらドS隊長やらを相手にしてるんだ。それに比べれば一般市民なんか!


意を決して隣室に繋がっているだろう襖を開ける。
即座に頭を下げるつもりであったが、明りがついているだけで誰の姿も無い居間に呆然としてしまう。
確かに、隣の部屋に居ながら屋根ぶち抜かれて気づきもしないなんて普通あり得ないか。
外出中か…それと「あ、山崎くん?」

あ、なんだ風呂だったのか。
髪の毛をバスタオルで拭きながらひどく驚いた様子のが出てきた。
わ、化粧してないとこ初めて見た。でも普通にきれ「ってそうじゃねーよ!すんません!ホントすんませんでしたぁぁあ!!」

え、え?何で、何が? と疑問符を浮かべていた彼女も、俺の後ろを見て絶句。


「えっとー、うん。落ち着こうか。ね?」


俺に言っているのか自分に言い聞かせているのか、多分どっちもだったんだろう。
数分後、俺は居間の炬燵でと共に緑茶を味わっていた。
一服して落ち着いて、現状をなんとか受け入れてもらったところで、事のあらましを説明した。

・・・・・
・・・

「あらら、災難だったねー。山崎くん怪我は?」
「いや、俺は何とも。…本当ごめん。責任もって修理の手配しとくから」
「そう?なら良かった。でもなんか得しちゃったな。パソコンまで新しいの買ってもらえるなんて」


古いのだから買い換えたいと思ってたんだ、なんて朗らかに笑うにはもう頭が上がらない。
不謹慎だけど落ちたのがこの家でホント良かった。
見ず知らずの人より断然話の通りが良い。

は俺と年が変わらないにもかかわらず、小さな呉服屋の女主人である。
両親から譲り受けただけ、なんて言っているが、それでも業績が上がっているのは彼女の商才故だろう。



―――

密偵の仕事を始めたばかりの頃、俺の女装が見るに堪えないものだったらしく、彼女に声を掛けられた。

「ねえ、そこの黄八丈さん」

店先から着物を捉え、そう呼ばれた。
ちょっと、と手招きされ、ほんの少し躊躇してから店に入る。
仕事の都合上、あんまり人に注目されるのは宜しくない。
声をかけられて無視したのでは、その後何度も呼ばれてしまう可能性がある。

「せっかく元が美人なのに、身につける物で崩してちゃ勿体ないよ。お顔も、暗いのはいただけないね」

と言って、化粧から着付けまでを整えてくれた。
最初は面倒見の良い、ちょっと言ってしまえばお節介な人だなぁと思っていたけど、今はそれに感謝している。
お陰様で、随分ましになったと思うし。

後に、に攘夷志士との繋がりが全く無いと判断された時、俺が真選組の隊士である事を明かした。
すると彼女は「あら、そうだったの。どうりで気恥ずかしそうに着てると思った」とくすくす笑いながら言った。
彼女の経験から、そういう趣向で女物を着る人は、もっと堂々としてドヤ顔してることが多いんだとか。

―――


それからは仕事以外に普段着を仕立てて貰う事も増え、その度になにかと話をするので、自然と気の置けない仲になった。
よく来る所ではあるんだけど、ここ暫くは仕事が詰まってて御無沙汰だったなぁと思う。


「山崎くんさ、そろそろ顔上げなよ。私べつに怒ってやしないから」
「そうは言うけど、部屋あんなにしちゃって困らない訳ないだろ。責任感じるのは当たり前だって」
「天井ねー…そりゃ、星が見えるお洒落な吹き抜けができちゃってるけどさ。寝るのはここ(居間)使えば良いし、お布団も予備くらい置いてあるし」
「っていうか、防犯的に心もと無さすぎるから。天井吹き抜けでお洒落とかじゃないからね!危機感持てよ一人暮らしだろ!!」
「あーあー、人がせっかく冗談で流そうとしてるのに真面目だねーこの人は。そんな心配してくれるなら、退が泊ってく?」


最後の一言に、口に含んだ緑茶を思いっきり噴き出した。
どっちにって、両方にだよ悪いか!


「だからお前一人暮らしだろっての!ホントもう、何考えてんだかこの馬鹿は。俺が泊るんじゃなくて、が屯所で保護されれば…」
「馬鹿って言ったなオイこら。屋根壊された程度で警察に保護されるって何事だよ。現実味が無いんだけど。山崎くんってば、お酒飲まなくても酔えるの。器用だねぇ」


人の気も知らないで何言ってるんだって、言いたいけど言っても無駄なんだろうな。
俺は屋根壊した張本人だし、罪悪感とか責任感とかあるし。
だから色々言うけど、は全く意に介さない。

借りに泊るとして、俺はをどうこうしようなんて思ってないし、それは絶対彼女も分かってる。
けど、もし俺以外の誰かにもこういった話しているとしたら…凄く嫌だし。
これ見よがしに嘆息すると、は気まずそうに視線を泳がせてからぽつりと、


「ごめん、心配してくれて嬉しかった」
「どうせたいして思ってもないんだろ」
「思ってるよ。茶化してごめんって。山崎くん優しいから、調子乗ったわ」


お詫びに蜜柑を出そう! からかうのとはまた違った明るさで言い、は炬燵を抜け出した。
こういう転換の早さに関しては、俺はに敵わない。
自分に都合良くしているようでありながら、我田引水というまでには至らず。
ほっこりとした居心地の良さを感じてしまうのもまた事実。
戸棚に向かったまま、は続けた


「最近、山崎くんと会ってなかったから、つい嬉しくなっちゃってさ」
「ああ、うん。ちょっと仕事がね。…おだてても何も出ないぞ」
「何も持ってないのは見て分かるよ。素直に嬉しいんだって。年明けるまで会えなかったら、機嫌損ねたんじゃないかって心配する所だった」
…」
「退くんでもさっちゃんでも良いから、会いに来てくれないかなって、ずっと思ってたんだよ」
「誰がさっちゃんだ」


なんかちょっと可愛い事言われたって、いくら名前で呼ばれたって、後ろに変なのがくっついているおかげで、さっき程動じることは無い。
「さっちゃん」は万事屋の旦那にくっついてるあの人じゃなくて、女装した俺の事。
「さがるちゃんだから、さっちゃんで」と安易に決められた。
屯所じゃ、ザキ子だのジミ子だの言われてるけどね。正直どっちもどっちだ。


「  …、さあ」
「うん?」
「突発的にこういう事するのは、どうかと、思う。…全然そんな流れじゃ無かったよね今」


背中から首元にまわされた腕と、肩に伏せられている頭。
密着はしていなくとも、温かさが伝わる距離にある身体。
俺達が今まで作ってきた距離には、こういう触れ方は無かった。


「いや?」
「嫌ではないよ」
「じゃあ、重い?」
「…少しね。でもほんと嫌じゃない」


ぴくっと身を竦ませて、肩の重みが無くなる。
腕は解かれるまでには至らず、緩んだ後に細い手が俺の視界を塞いだ。
背中の距離はそのままだ。


「なんだよ、どうしたの」
「…部屋に上げたの初めてで、ちょっと意識した。そういえば退、格好良かったなって今更気づいた」
「これ素直に喜んでいいの?」
「ねえ、さっちゃん」
「は?」
「お化粧したい」
「うん、意味分からん」


双眸を覆っていた手が開き、目頭から目尻に指先が流れ、輪郭を滑り降りて行く。
おとなしく目を閉じたままでいれば、真冬ながら冷たくなった指先の動きに余計に意識が向いた。


「最初は何から何まで私に任せてくれてたのに、ちょっと上手になったからってさ…。近くで見てたら、触りたくなっちゃった」
「触りたいって強請るなら、普通キスじゃない?」
「名前呼んだくらいでお茶噴いちゃう人が何言ってんの」
「あれは名前だけの所為じゃないだろ」
「かもね。…で、だめ?」
「ダメ」
「けち」


化粧がダメなわけじゃないって、多分バレた。
両手はずっと頬のあたりを緩く撫でている。
たまに余所に触れ、ぴくりと顔が反応すると、後ろでくすっと息が笑った。
つられて笑うと楽しそうな、嬉しそうな声がかかる。


「山崎くん。それはキスして良いってことになる?」
「俺からで良いなら」
「うん…あ、嘘だ。やめよう。今はちょっと」
「どうしてここで焦らすんだよ。は俺が人畜無害な羊だとでも思ってるわけ?」
「ほら、それ」
「え?」


何が、と問いかけるのを防ぐように、顔が真上に向けられる。
ちょっ、痛い。首もげる。
上下逆さの状態で顔が向きあい、目があった。

って。どう考えても順番逆でしょ」
「何の」
「名前ぐらい呼んでからじゃないと先には進ませない」
「自分で迫ったくせに、よく言うよ」


俺が微笑んだのに合わせて、とろけるように笑ったに、胸が熱くなった。





俺とリーさん









「…オイ山崎。許してもらった後の件、普通入れるか?始末書に」
「あ、いやぁ。どこで切っていいか分かんなくなったもんで…。経費で落ちますかね?屋根とパソコン」
「無理だろ。いや、ムカつくから受理しないように会計方に伝えとく。っつーか後半自慢か!!職務中に何してんのお前!?ミントンとカバディだけで懲りねぇのか!!」
「副長!やめっ、いって!ちょっ!!スマセン!スマッセーン!!」


―――
メリーさんの羊
=自分の飼ってる羊が可愛くって仕方無くって、学校に連れて行っちゃう女の子の歌。



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