真選組にイベント日はあまり関係ない。
むしろ街中が浮かれているクリスマスなんて言う日は攘夷志士がテロを起こす時の恰好の隠れ蓑になる。
組を結成してから、行事などとは縁のない職場なのだ。
だから彼女が出来ないと言い訳にしている隊士も一人や二人ではない。
それだけが原因ではないと気づくのはいつの事か。
忙しいのは隊士に限った事ではなく、女中連中も残業が発生する事が多い。
夜遅く所か朝早くまで走り回る隊士のサポートの為と
諦めている女中に彼氏ができないと言い訳に使われているのは暗黙の了解だりして。
例え彼氏がいたとしても、この職場にいる限りはきっと彼氏とクリスマスデートなんて夢のまた夢だ。
そんな女中の中に最近入った女が一人。
名前をと言う、極めて平凡な女。
ブスなわけではないが綺麗とも言い難い。
いい意味でも悪い意味でも目立たない、唯の女。
だが、本人はそれでとても満足をしていた。
知り合いのツテで紹介された職場は、色々と世間を騒がす組織ではあったが
表面に出るのは極々一部で、彼らに近づかなければの平穏は守られていた。
美形で名高い、副長の土方にも一番隊隊長の沖田にも近づく必要等ないのだ。
何処かの追っかけのようにキャアキャア騒ぐなんてできない。
仕事の途中に一目見る事が出来れば十分目の保養。
仕事帰りにコンビニで新発売のスイーツを買って帰るのが最大の幸せ。
楽な職場ではないが給金は平均より高いし、残業だってしっかりつけてくれる。
これで不満を言っていたら罰が当たる。
そんな風に思う程に地味……平凡な女だった。
あの日迄は。
ほんのすこしの下心
「……え?潜入……ですか?」
「アァ。本来なら外注するんだがな。クリスマスという事でどうしても捕まらないんだ」
唇に煙草を咥えたまま舌打ちなんて器用な事をするのは真選組副長土方だ。
その前になぜがいるかというと、仕事が終わり次第副長室に来いと伝言があったから。
怒られるような事も褒められるような事もした覚えのないは首を傾げながら副長室へとやってきた。
どこかで見たことある青年がニコニコと人好きする顔で副長の隣に並んで座る。
ずっと笑っているのは疲れないのだろうかと思いながら、
失礼のない程度の笑顔で会釈をしては勧められた座布団へと腰を下ろした。
それから、先ほどの会話へと戻る。
「はぁ、そういう事でしたら……。ただ、何もできませんがそれでもよろしいのでしょうか?」
「それについては山崎。お前から説明しろ」
「はい、副長。急にごめんね、ちゃん。実はクリスマスイブの夜に……」
簡単に言えば、クリスマスイブのパーティーで攘夷活動する志士たちを見張れ。
ただ、そのパーティーがカップルじゃないと入れないから一緒に入ってね。
こういう事らしい。
『イブに恋人とパーティー会場で楽しいひと時を過ごしませんか』
『イブの夜はこれできまり!』
古臭いキャッチコピーが散るパーティーのチラシをマジマジと見ていたが顔を上げると山崎と視線が合う。
ニコ、と音が聞こえそうな笑顔に少しひきつった笑顔を向けるのは防衛本能かもしれない。
笑顔は決して怖いわけではないのになぜ胡散臭く感じるのかにも分からない。
ただ、やれと言われたなら従うまでだ。
「わかりました。イブは幸い予定もありませんし、お供させて頂きます」
「ありがとう、ちゃん。とても助かるよ」
そうしてはクリスマスイブに残業代の上に寸志を手に入れる事となった。
「……ヘェ、ばけるもんですねィ」
「こら、総悟。ちゃん、可愛いよ。ゆっくりと遊んでおいで」
「………近藤さん、仕事だからな」
イブ当日に屯所の門の前になぜか集まっている近藤土方沖田がそれぞれに口を開く。
普段着ないドレスに、普段しない化粧。
それに髪型に分不相応な気がして、つい下を向いてしまう。
クルリと巻かれている、いつもはストレートな毛先がフワリと揺れた。
「とっても似合っているよ、ちゃん」
先程まで化粧だヘアメイクだと自分を弄っていた彼もいつの間にか着替えていた。
土方や沖田の隣に立てば霞むけれど、自分の長所を知っているんだろう。
シンプルなスーツは良く似合っていた。
「それでは局長、副長。それに沖田隊長、いってきます」
「……いってまいります」
「気をつけてな」
いってらっしゃぁーいとどこか間延びした声で見送られたと山崎は大通りへと歩き出す。
屯所からではバレた時にまずいと言う事で、駅からタクシーに乗るという徹底ぶりだった。
普段着物でいるせいか、ふわふわ揺れるドレス裾は落ち着かない。
座ると立っている時よりも短く思えて、裾を引っ張るのを見た山崎が膝の上にジャケットを乗せる。
ごめんね、と謝る声に必死で首を横に振ることしかはできなかった。
決してデートをしたことがないわけではないが、エスコートをされた事はなかった。
学生時代は友達のノリと変わらなかったし、ついこの間別れた彼氏とは学生時代に毛が生えた位のデートだった。
嫌ではないけれどもとても擽ったく思える。
そんなを気を使ったのか、窓の外を見ている山崎に安堵をしていたのだが。
緊張していたは気づかなかった。
窓の外は暗く、ガラスよりも鏡の役割をしていた窓に映るを山崎が見つめていた事を。
パーティー会場はチラシの何倍も豪華で、入り口でポッカリと口を開けてツリーを見上げていたを
やんわりと促す山崎の手に今日の仕事を思い出し、口を慌てて閉じて歩き出す。
入口を抜けた先にある会場は円形になっていて、中央に先程見上げていたツリーが鎮座していた。
下品ではなく、きらびやかな飾りつけは飾り付けた者のセンスを伺わせる。
少し離れた場所から魅入っていたに差し出されたのはシャンパングラス。
我に返って何度か瞬きをしてから持ち主を見れば山崎で、この会場に来た理由を思い出して顔を赤くする。
「す、すいませんっ。今日は……っ」
「シー……。どこにいるか分からないからね」
周囲を警戒したのだろう、耳に寄せられた唇から発する声は囁き声で。
はまた別の意味で顔を赤くする。
ツリーの下に設置された壇上に主催者が同じシャンパングラスを持って上るのと同時にベルが鳴る。
どうやらパーティーが始まるようで、差し出されたままのグラスを受け取った。
乾杯の合図と共には周囲のカップルと同じよう山崎とグラスを合わせて発泡している液体に恐る恐る口をつける。
思っていたアルコールは感じずに、フルーツの甘さが口に広がった。
「美味しいっ」
「でしょう。ちゃん、アルコール弱いもんね。あ、そうだ。あっちに美味しそうな鶏肉があったんだ。いこう」
「……えぇ」
確かにアルコールは弱いし、鶏肉がどの肉よりも好きだ。
どうして知っているんだろうと、手を引く山崎の後ろ頭を見つめていれば不意に足が止まる。
トン、と額が肩にぶつかっても足を止めた。
「歓迎会。あの時にお酒は飲んでなかったし……。それにから揚げを良く食べてた」
まるで種明かしのように告げられる声は魔法のようで。
そうなのかと納得してしまうのだけれど、そんなに目立っていたのかと別の心配が出てくる。
それも答えてくれないかなと期待の目で後頭部を見つめていたけれど、いつまでも答えが返ってくる事はなかった。
パーティーも終わりが近くなって、一足先に帰るカップルもちらほらと見え始めた。
途中行われたプレゼント大会は下から三番目の雪だるまストラップというやはり話のネタにもならない結果だった。
お揃いだね、と山崎がストラップを早速携帯に着けるのをどこかボンヤリとは見ていて。
その後に行ったトイレでこっそりと自分も携帯につけてみた。
携帯の横で揺れる雪だるまの顔が山崎に見えて、慌ててバッグに突っ込んで出たけれど。
「……このまま終わるといいですね」
「そうだね。そうだといいんだけれど…」
言い終わる前に山崎の声を爆音が掻き消す。
あちこちから聞こえる悲鳴につられてパニックを起こしかけたを山崎が抱き寄せる。
山崎の胸に視界を奪われてパニックを忘れたの耳に、ここにいてと言う声が何とか聞こえた。
必死で頷くを壁際で離した山崎が煙の中に消えていく。
傍のカップルが何やら励まし合っているのを聞いて、じんわりと涙が浮かんだの口を誰かが塞ぐ。
詰まる呼吸に慌てて振り返れば、明らかに会場にそぐわぬ人物を見て目を開く。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
口を塞がれているせいで、声が外へと出ない。
助けて、助けてと繰り返す声は誰にも聞こえない。
そのまま連れ去ろうと志士が抱き上げる。
舞台へと一直線に向かう男が、意識がから離れた。
その隙に頭を振るえば、口から手が外れた。
「……っお前!」
「助けて……っ!!!山崎さんっ!!!」
志士の声にも負けぬ声で叫んだの耳に届くのは、この数時間で聞きなれた声。
知っている声なのに、知らない声は山崎の物だ。
「……ちゃんに触るなんて、百年はえーんだよ」
ニコニコと笑っていた彼のかけらは微塵もない。
解放されたかと思えば、再び囚われるのは山崎の腕の中。
「良かった、無事で。ごめんね、怖い思いをさせちゃって」
打って変わって聞こえた穏やかな声にただただ頭を振るしかできなくて。
思い出したように志士を視線で探せば、足元で気絶しているのが見えた。
「後はもう、副長に任せれば大丈夫」
煙が薄くなり、ツリーが姿を見せ始めた頃。遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。
いつもはうるさく感じていたのに、今日ほど心強い事はない。
安堵の溜息と同時にが笑みを零すと山崎はどこか面白くない顔をする。
それに気づいたが首を傾げて、問おうとする前に山崎が口を開いた。
「ねぇ、知ってる?ちゃん。……ヤドリギの下にいる女性にはキスをしていいんだよ」
意味が分からずに「え?」と声が零れそうになったの声は消えた。
降り始めた雪よりも早く、山崎の唇が触れたから。
の頭上にヤドリギがあったかは、誰も知らない。
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