わーきゃーと子供の甲高い声が鳴り響く。
次にはどたどたと廊下を走り回る音。子供たちの楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
そして、その次に響き渡るのは――――
「こらぁっ!ちょっと待ちなさぁーい!!」
「…今日も、大変そうですねィ」
待っていたのは…
はまだまだオバさんなんて歳ではない。そりゃあ、若い子から見ればオバさんかもしれないが、まだ肌もぴちぴちの二十代である。
だけれど毎日毎日悪さをして逃げ回る子供を相手にするのは、なかなか骨が折れるものだ。捕まえようと手を伸ばせば、あっちへするり、こっちへするりと空を掴むばかり。そんなことが常だからバランスを崩して転ぶのも、また常であった。
どすん!
「〜〜〜!…いった〜…」
「大丈夫ですかィ」
不運にも追いかけっこをしていたのは縁側で、そこから落ちてしまったのは庭先だった。
腰をさすりさすり、涙目で見上げた先にいたのは手を差し伸べた総悟だった。
「あ、ありがとうございます…って!何でここに居るんですか!?」
「そこの入口から入ってきたんでィ」
「それ不法侵入ですよ!警察がそんなことしていいんですか!玄関から入ってください、玄関から!」
「わぁーい総悟ぉ。遊んで遊んでー!」
あぁちょっと!と子供たちを止める暇もなく、総悟はそれに応じてあっという間に家の中へ行ってしまった。置いていかれたはただその背中を呆然と見つめるだけ。
やれやれと面白くない気分で土を払い落とし縁側に上がる。すると部屋の中からは子供たちの笑い声が聞こえ始めた。
襖を開ければ、十人ほどの子供たちが総悟と一緒に遊んでいる。総悟は、あっちで肩車こっちでけん玉と引っ張りだこだ。時には子供たちが喧嘩するほど。本当にたった数日でこんなに懐いてしまうとは、驚きだ。
それを見ていたはふっと頬を緩める。さっきまでの怒りは何処かへ行ってしまい、代わりに心の底から愛おしさがこみ上げてきた。子供達に対しても、総悟に対しても。
総悟はつい最近、がお付き合いを始めた相手だ。まあ、要するに彼氏。
きっかけはチンピラに絡まれていたところを助けてもらったという、実にありきたりなことだった。家もすぐそこだったので、お礼にお茶でもと招待したところ興味を持ったのかなんなのか。総悟はちょくちょく立ち寄るようになった。
子供たちも最初は警戒していたものの、すぐに打ち解けたようだった。今では総悟が来るのを毎日期待して待っている子もいる。
そんな日々が続いたからか、いつしかは総悟に特別な感情を抱くようになったし、それは総悟も同じだったよう。二人が恋人同士となったのは一ヶ月ほど前のことだった。
「せんせー!」
笑顔で子供たちを見守っていたは、裾を引っ張ってくる子供に視線を落とす。
人形を抱いた小さな女の子は舌っ足らずな声で尋ねた。
「どうしたの?」
「あのねー、明日サンタさん来てくれるかなぁ?」
「みぃちゃんはいい子だから、きっと来てくれるわよ」
「本当?」
「えぇ。でもその前にみんなでケーキを食べましょうね」
「うん!」
そう言って女の子は総悟に駆け寄っていった。それを見ながら、はため息をついた。
そうなのだ、明日は12月24日でクリスマスイヴの日。
普通ならその日は恋人同士で一日を過ごすのだろうが、はそういうわけにはいかない。
だって子供たちがいるから。
ここにいる子供たちはもちろん、の産んだ子供じゃない。みんな道端に捨てられていたような子ばかりで、がそんな子を拾っては養っている。
しかし、血が繋がってないとは言えと子供たちはもう完全な家族だ。にとっては自分の子供同然だし、子供たちにとっては母親に等しい。だから、恋人ができたからといって『母親』をしない訳にはいかないのだ。
ましてや子供たちは皆、まだ幼い。やんちゃな子供だっているし、目を離したりなんてできない。
だけど総悟と二人で遊びに行きたい、なんて気持ちが全くないわけじゃない。欲を言えば、少しはおしゃれしてデートなるものをしてみたい。
でも、さっき言ったように子供達だっているし、なにより総悟はそのことについて何も言ってくれていなかった。
としては総悟が誘ってくれるかなあ、なんて淡い期待もしていたのだけど…。自分の思い上がりだったのだろうか。本当は自分のことなんてなんとも思っていないんじゃ?
そんな疑心暗鬼に囚われ、しかしこちらから言うわけにもいかず、刻々と日は過ぎた。そして気がつけばもうクリスマスイヴの前日になっていた。
夕方になって総悟は帰った。副長さんに引っ張られながら、子供たちにひらひらと手を振っていた。
結局、総悟はに何も言わなかった。他愛のないおしゃべりをしただけで、それだけでも十分楽しかったのだけど。
だけど、そんな総悟に対して腹立たしくも寂しくもあった。何故、何も言ってくれなかったのか。言われたって断るしかないので、気まずくなるだけだけど。それでも…。
矛盾した感情が心の底でぐるぐると渦巻いていた。
「みんなー、ケーキ焼けたよ」
「わぁーいっ」
翌日の夕方。街外れの小さな家からは甘い匂いと子供の甲高い声が響く。
襖を開ければ、そこにはいかにも手作りな感じの料理とケーキ。残念ながらあまり懐が豊かではないので、七面鳥とかシチューとかそんなのは用意できなかったんだけど。しかしそれよりも子供たちは生クリームがたっぷりかかった物体に目を寄せ、一刻も早く食べたいという顔をしている。
早く食べよう!と男の子に急かされは慎重にケーキを切り分けていった。1、2、3、4、5…。ちょうど人数分に均等に切る。
そしてそれを一人ひと皿ずつ配り終えたあと、男の子が訊いた。
「先生、総悟は今日来ないの?」
「せっかくみんなでプレゼント作ったのにー」
それを聞いて他の子達も抗議の声をあげる。
そうなのだ、今日は総悟が来ていなかった。別に毎日来てるわけじゃないから不思議でもなんでもないのだが、子供たちは不満そうに口を尖らせる。
「今日はお仕事が忙しいんだよ。また今度来た時に渡したらいいでしょう?」
「…うん」
「じゃあほら、冷めないうちにご飯を食べよう。今日はサンタさんが来るんだから」
渋々といった感じで、みんなは料理に手をつける。
…いじけたいのは、こっちだって同じだ。
「うー、寒っ」
吐いた白い息が薄暗い闇に消える。時刻はもう夜中で、たった今サンタさんからのプレゼントを置いてきたところだ。
「あ…、雪…」
身を縮めて縁側を通ると、空からは白い雪が幻想的に降ってきていた。寒いと思ったら。
よいしょと床に腰を下ろして足を庭に投げ出した。月明かりに雪がチラチラと輝いて、とても綺麗だ。
総悟は来なかった。別にこちらが誘ったわけではないし、いいけど。
それにクリスマスだからといって浮かれてる人ばかりじゃないのかも。こんな日こそ事件も起こりやすいのだろう。ああ見えても真選組の一番隊隊長なのだ、忙しくないわけがない。
だけど、何度そう思っても昨日の矛盾した感情が消えていかない。何故、デートに誘ってくれなかったのか。何故、電話の一つもくれないのか。何故……。
サンタを待つ子供とは真逆だ。子供はみんなウキウキして待つはずなのに、は来ないかもしれない相手をどんよりとした気持ちで待っている。
こんな自分が情けなくて、少しばかり涙が出てきてしまう。今頃、総悟は何してるのだろう。
真面目に仕事してるのか?
真選組のみんなと一緒に騒いでいるのだろうか?
それともの知らない女の人と…。
そんなことを考えて余計に自分が惨めに思えた。ぶんぶんと頭を振って、突然立ち上がって叫んだ。
「別にいいもん!前の彼氏にだって二股されたし、慣れてますよう!」
「あらら。男運ないんですねィ」
「そうなんですよ!こっちから振ってやりましたけどね!………………って、え、えぇ!!??お、沖田さん!?」
「ガキどもはもう寝やしたかィ?」
声のした方を振り向けば、そこには待って待って待ち焦がれた人がいた。相変わらずの黒い隊服に腕を組みながら、壁に背中を預けて、立っていた。
「え……何で、ここ…」
「来ちゃわるかったですかィ」
「そ、そんなわけ!いや…えっと……」
「あー寒ィ。こちとらあんたらのパーティーが終わるの待ってたんですぜ」
「えぇ!?こ、こんな寒い中風邪ひくじゃないですか!今、毛布持って…」
ぱたぱたとが駆け出すのも喋ることも停止された。
喋るのをやめたのはだけれど、駆け出すのが止められたのはの腕を掴む大きな手の所為。その手は冷たくて冷気の中に何時間もいたことを表していた。
「沖田さん…?」
「ここにいてくだせぇ」
少し戸惑ったけれど、やがてはおずおずと総悟に近づいてちょこんと隣に座った。
手は繋がれたままで何を話すわけでもなくただ座っていた。総悟は息を吐きながら雪を見ているし、は恥ずかしくて相互の顔が見れないと自分の膝を見つめていた。
聞かれた聞かれた聞かれた!!「前の彼氏にだって二股された」って言ってしまったの聞かれた!!
どうしようどうしよう。「前の彼氏にだって」ということは今の彼氏、つまり総悟も二股しているということ。そんなわけないのに!ちゃんと、総悟は会いに来てくれているのに!恥ずかしい恥ずかしい。恥ずかしすぎて総悟の顔が見れない。
「二股なんて男運ないですねィ」
「…はい」
「俺も二股してるって?」
「………いや、あの…違います」
「あれ?そういう風に聞こえたんですがねィ」
「…………ぐっ…」
「あーあ、そんな風に思われてたなんてなァー」
「ぅぅぅうう、ごめんなさいぃぃぃ…」
絶対、絶対!絶対コイツこの状況楽しんでる!
まあ、悪いのは私なんだけどね!
外は雪が降っていてとても寒いはずなのに、恥ずかしさで火照った顔と繋いだ指先だけが温かい。
が、するっと手がほどけて冷たい床が手に当たる。少し驚いたようにが総悟の方を向けば、ばふっと顔に何かが投げつけられた。
「〜〜〜っ!……いたい…」
「もうちっとうまく受け取りなせぇ」
「沖田さんが投げたんでしょうが!…何ですか、これ」
「プレゼントでさァ」
「………え?」
投げつけられたのは大きなプレゼントの袋だった。開けてみたら中身は人数分の手袋が入っていた。青とピンク色の小さな手袋。
そして――――。
「…わぁ!かわいい!」
「手袋はガキどもにでさァ」
雪がモチーフの銀細工のブレスレットが一緒に入っていた。取り出してみたら、月明かりに照らされてキラキラ輝いた。
「手袋は」ということは…これは私宛だと思っていいということなのだろうか?
ちら、と総悟を見ると麻生色の髪から出た耳が、暗闇でもわかるくらい真っ赤だった。顔は見えない。でも今の総悟の耳と同じような色をしているんじゃないかと思う。そうであってほしい。そしてきっと、それは寒さのせいだけじゃない。
嬉しさや愛おしさ、温かい感情が溢れてきては微笑んだ。
「ありがとうございます、サンタさん」
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