ハァ・・・・。
たった一つの白いため息が冬の空へと消えてゆく、冬のある日。
総悟は一人真夜中の公園のベンチに腰をおろしていた。
服装は隊服の上に真選組コート。フードが付いたあれだ。
マフラーは紺にブルーのラインが入ったものを何重にも巻いてある。その上からコートのフードをかぶって。
「あったかコーン」と書かれた缶を握りしめながらがたがたと震えている。
ちなみに手袋は付けていない。総悟たちのような刀を扱う仕事柄上御法度なのだ。
だっていつ攘夷浪士が襲ってくるかわからない。そんなとき刀を握る感触が鈍るのは命取りだ。
ベンチの上に体操座りになって、膝を抱えながら総悟は空を見上げた。星は出ていない。
相変わらず自分の吐息が真っ白になって吐き出されていく。
そもそも自分がこんな夜更けに公園のベンチで震えているのにはわけがあった。
わけ、といっても簡単である。夜番の見回りに割り当てられているのだ。こんな、クリスマスイブの夜に。
それを自分はいたってまじめにこなしているだけなのである。
一人で。寒い中。心も体も凍えそうになりながら。
実際、さぼろうと思えばいくらでもさぼれた。時間をつぶすところなんて山ほどある。
贔屓にしている団子屋はもう閉まってしまっているが、真夜中といえどあいている店はファミレスなりコンビになりたくさんある。・・・・自分が住んでいた田舎と違って。
しかしここは総悟の意地の見せどころであった。
こんな日の夜、ファミレスなんてものすっごくすいてるに決まってる。何て言ったって今日はクリスマスイブ。
一人でファミレスに入っていく男どもなんてどうせ引きこもりマヨネーズにーと死ね土方みたいなやつらばっかりだ。あと近藤さんとか。それと同類はご免こうむる。
否。
普段の総悟なら、そんなもんお構いなしに、むしろ一人でファミレス入って一人でケーキ注文して食べて普通二お金払って帰る、くらいはしそうなものなのに。(いやしないけど
昼間、あんなものを見てしまったせいだ。総悟は口の中で舌打ちを打った。
手が寒い。
彼女のいない男がクリスマスに行う行動として、二つのパターンがあげられる。
積極的にバイトを入れるか、見栄を張って休みを要求するか、のどちらかである。
こと真選組においては、しかしながらそんな見栄を張る必要もない。だって100も行かない人数の隊士たちが毎日ひしめき合って生活しているのだ。うわさなんてすぐに広まる。お互いに彼女がいないことなんて周知の事実なのだ。
だからクリスマスのシフトは実は隊士たちみんながよってたかって入れたがる。
休みになって一人むなしく過ごす方が負け組みなのだ。
ぶるるっ、と肩を震わせ、総悟は持っていた「あったかコーン」を一気に飲み干した。冷たかった。
自分がこんな寒い中コンビニやファミレスに入れず外でガクブルしているのは、こんな町中がにぎわう重大な日にのうのうと休みをもらっている土方のせいである。
あああ、説明するのも面倒くせぇ。
つまりは、
@土方が休み
A山崎が気を利かせて裏で工作
B姉さんも休み
なのである。
姉さんとは我らが真選組屯所で働く雑用娘のことであって、別に総悟と血がつながっているわけではない。
「姉さん」とは愛称のようなものだ。総悟は彼女のことをそう呼んでいた。
姉さんは、それはそれは幸せそうな顔をして、せっかくだからと休日が重なった副長とともに、華やかにクリスマスソングの流れる街並みの中に消えていった。
俺ですか。勝ち組ですから一生懸命お江戸のために仕事してましたよ。
「ただいまー!あー本当寒かった!今夜にでも雪降るかもしれませんね」
そんなことを言いながら帰ってきた姉さんの首元にはかわいらしいピンクのマフラーが巻かれていた。
行くときにはなかったのを考えると、おそらく土方がクリスマスプレゼントにでも買ってやったのだろう。
お返しに姉さんが自家製マヨをプレゼント(いらねえ)していたのを見かけた。
そして山崎も。一丁前にプレゼント交換なんざやってたなァ。女友達かお前ら。
プレゼントかぁ面白そうだなぁなんて思えども、土方や山崎のを見て自分も行動を起こすのはまねみたいでいやだ。(実際まね以外の何物でもない)
でもそうなるとお返しのプレゼントも貰えない。
サンタさんは「いい子」にはプレゼントを無条件でくれるんじゃないのか。俺は「いい子」じゃないとでもいうのか。
18はもう大人だというのか。そういう問題じゃない?
そんなわけで、一人凍え死にそうになりながらもファミレスにも入れなければ考えることは胸糞悪いことばかりで、こうして何度も何度も白いため息を重ねているのである。
ブル、ブル、と懐の通信機器が振動する。
かじかむ手で取り出してみると、山崎からの着信だった。
「ういす」
「隊長!大丈夫ですか?!」
「・・・何が?」
「もう交代時間とっくに過ぎてるのに、帰ってこなくて・・・何かあったんですか?」
「・・・あー、もうそんな時間かぁ・・」
本日の自分の交代時間。夜中の2時。
「あったかコーン」1缶でよく持ちこたえたものだ。遭難しても生きていけるんじゃね俺。
「うお!隊長!無言で戻ってこないで下さいよ、って・・・雪降ってんですか?」
「帰り、道か、ら、降り始め、た・・・寒ィ・・」
「わ、ひど。しもやけ酷いじゃないですか。今風呂入っても痛いだけですよ、ちょっとあったまってからじゃないと・・」
「まじか」
積もった雪を払うのを手伝ってくれながら山崎が言った言葉に、総悟は苦々しい表情を漏らした。
言われてみれば体中の末端が冷え切っていて冷たいというより痛い。
それに寒い上に乾燥しまくった冬の空気の中何時間もいたものだから、肌が乾燥してかさかさする。
それも痛い。唇をなめたらひび割れていた。すっげー寒い。
真っ赤になった手を眺めていれば、「ここもひどいですよ」と山崎に鼻の頭をつつかれる。
超痛かったのでとりあえず殴り飛ばしてやった。
「お帰りなさい、沖田さん」
「ふえ」
思わず間抜けな声が出てきてしまった。いや実際驚いたのだ。なんでこの娘がこんな遅くまで起きているのか。
とりあえず自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いている途中で出くわしたのは、住み込み雑用娘の姿だった。
「帰ってくるの遅いですよう。もう、どこでさぼってたんですか」なんて姉さんが笑う。
何も言わずにいると、姉さんは俺の身体的損傷(しもやけ)に気付いてはっとし、「寒いからお部屋入りましょうよう」と立ち話を切り上げてくれた。
その背中に思わずムラッとくる。
いや、この場合のムラッは、エロい話とかじゃなく、いたずら心のほうだ。
「ぎゃああああああああ!」
「いってぇぇぇえええええ!」
ま、まさかまさかの二つ分の悲鳴が上がった。
姉さんの襟もとから手ぇ突っ込んでやったらあったかそうだなぁなんて思って思いっきり自分のかじかんだ手を巻きつけてやったら、思ったより熱かった。痛かった。
そのうえびっくりして払いのけた姉さんのしっぺもものすごく響く。これぞしっぺ返し!上手いけど笑えねェ。
「ご、ごめんなさい!びっくりしてつい叩いちゃって、手、痛かったでしょう」
「痛え。さみい、さみい。さみいぃ!」
ああもうなんなんだ今年のクリスマスは。最悪だ。寒いし、痛いし寒いし!
あと姉さんとプレゼント交換したかった!もう踏んだり蹴ったりじゃねぇか。
部屋の隅で丸くなっていると、おろおろしながらも姉さんが近寄ってきたのが気配で分かった。
「・・沖田さん」
「何」
「コート、脱ぎましょう」
「・・・いや、さみぃから・・」
「こんな湿ったコート、着てる方が寒いですよ。ほら、脱いで」
「やだァー!姉さんが変態だ!」
「変態で結構です。脱ぎなさい、ホラ、ボタンはずしてあげるから・・・」
姉さんは俺のコートのボタンをはずして脱がせると、それをハンガーにかけて部屋の隅にかけた。
戻ってきた彼女は次に隊服のジャケットに手をかける。これも脱げと。寒いんですが。
同じようにマフラーもスカーフも抜き取り、ハンガーにかけて戻ってきた姉さんは、あろうことか次はベストに手を伸ばした。
「え、え、これも?」
「それもです。靴下も」
「靴下も?!」
「濡れてるでしょう」
ついにはシャツ一枚までにはぎとられてしまった俺に、姉さんは押入れから毛布を取り出して、ばさり、と投げつけた。
何なんだ一体お前は、と言おうとした口がつむがれる。こくり、と喉が鳴る。
かぶせられた布団の中で、俺は姉さんに体ごと包まれていた。
もちろん体の大きさは俺の方が大きいから、全部を包み込むなんてことこの娘にはできない。
けれど、姉さんの着物と、俺のシャツ一枚を挟んで触れる部分がすごく温かかった。
ちくん、と手のひらに痛みが走るのを感じる。布団に隠れて見えないが、彼女の手が俺の手のひらを優しく握っていた。
「痛い?」
「・・いえ・・・」
「もうこんなになるまで放っておいて・・」
手のひらをなでられれば、だいぶ温度にも慣れてきたのか、痛みよりもじぃんと広がる暖かさのほうが勝る。
俺の右手はしばらくの間姉さんのあったかい手に包まれていた。
「うわっ、何?何、これ?」
「ハンドクリームです」
布団の中で何が行われているのかは知れないが、どうやら姉さんは俺の手にハンドクリームを塗ってくれているらしかった。
突然ぬるぬるしてびっくりしたけど。
丁寧に丁寧に、指一本一本にあったかい指でクリームが塗りこまれていく。
きっと塗るときにマッサージもしてくれたのだろう、終わるころには俺の指先はすっかり血行を取り戻していた。
「あとは、その唇も。痛いでしょ、あとでリップクリーム貸してあげますね」
まずは体をあっためてから!とでも言いたげに、俺の体に回された腕の力が強まる。
それは、寒がりの俺でも大満足な効果を発揮した。
生き返ったかのように心臓が仕事をし始め、体の隅々まで血液を送り込む。
「リップクリーム・・あんたの貸してくれんの?」
「そうですよ、聴きますよー。あ、間接キスが不満なんですか?」
「ん・・?まァ・・・・・」
首元にある姉さんがくるりと上を向いた。その顔は不満げ。
俺はというと、「すみませんでしたー。ちゃんと拭いてから使ってあげますから」なんて言ってる彼女の口元に釘付けなわけで。
「なぁ、そのリップって、アンタ今もつけてんの?」
「そうですよ。効果凄いんですってば。間接キスくらい我慢してくださいよ」
「イヤ、そじゃなくて」
俺はゆっくり頭を下げて、その唇に自分の唇を押しあてた。
かすかにぬるりとする感触はきっと付着していたリップクリームだろう。
「こっち(直接キス)のがいい」
かあああああ・・・!!
今まで散々脱がしたり抱きついたり、ぬるぬるするものを塗りこんだりしてきたくせに、
目の前の姉さんの顔はそれだけでみるみる赤くなった。
そして、俺のほほも。つい何分前からは想像出来ないほど体はあった待って、血の巡りは正常以上に作動している。
え?恥じらい・・・・?
いえ、興奮ですが。(キリッ
姉さんたまんねえ!泣け!もういっそ羞恥心で泣け!!
そんな気持ちがニヤケとともに表に出ていたのか、彼女は真っ赤になりながらも納得いかないようなしかめっ面で俺をにらみつけた。
10分後。
「沖田さんにクリスマスプレゼントがあるんですよ」
「えっマジですか姉さん」
「はい!今日土方さんとお出かけした時に、こっそり買ってきてたんです」
「うわ、うわ、マジか。そいつぁ嬉しーやぁ。ありがたく頂きやす」
「はい、これです!沖田さん寒がりさんのくせに持ってないんだから、これ使ってくださいね」
そう言って雑用娘が取り出した紙袋の中に入っていたのは、もこもことってもあったかそうな「手袋」だった。
俺はにやりと笑顔になる。そうそうこの娘はこういう奴だ。
大当たりか大外れを見事引き当てる。
この場合はびっくりするほど大外れ。・・・・・いや、もしくは、
「姉さん、刀使う奴は手袋駄目なんでさぁ」
「えっ?!・・・あ、・・・ごっごめんなさい・・・私、知らなくて・・・」
「心配無用。非番の時に使わせてもらいまさァ・・・・・ただし・・」
・・・・・・・・・もしくは、大当たりだったりして。
「仕事でかじかんだ手は、手袋じゃなくてアンタであっためてくだせぇよ」
そんなことを言えば、かわいい住み込み雑用の娘は頬を桃色に染めて、ぱあっ、と笑顔になった。
「そんなこともあろうかと!プレゼント大二弾!何度も使える不思議なホッカイロー!」
「そういうことなら、仕事中はこっち使ってくださいね!これね、中に入ってる金属をぱっちんってやると、あったかく、」
てめええええええええええ!!!
やっぱり大外れでした。
メリークリスマス2011!ブログより。せっかくなんで持ってきちゃいました。
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