本日2月14日。世間で言うバレンタインデーである。
そんな世間の大イベントな本日も、ここ真選組屯所はいつもと変わらない。
副長室の方角から聞こえた盛大な爆発音とあがる鼠色の煙に、縁側に腰かけていた私はぴょこっと立ち上がる。
肩にかかるかかからないか程の短めの黒髪が、パサリと揺れた。
いちばん×××
さて、現在副長室へ向かってダッシュをかましている私は、こう見えて、ここ真選組で働いている身なのです。
働いていると言っても女中さんとかじゃありません。ガチャガチャ走る私の腰に揺れるのは一本の長い刀。
そう、私は真選組の女隊士なのです!
あ、刀は振れますが前線に立つことはあまりありません。山崎さんって知ってますか。
あの、監察の。彼の元に付いて、敵の元に忍び込んだり、情報を集めたり、そんなお仕事をしています。
「失礼します!すみません副長、無事ですか」
「・・・・これが無事に見えるのかお前・・・」
ばばっ、と覗きこんだ副長室ではいつものごとく、副長が黒焦げで書類に埋もれていた。
ぴくぴくと眉間に血管を浮き上がらせながらもその目は涙目だ。きっとあと少しで書類が終わるという時に全部爆破させられたのだろう。ご愁傷様です。
「沖田隊長見ませんでしたか」
「・・・・・この状況を見てそれを聞くかお前ェ・・・」
「どこ行きました?」
「知るか!」
うえぇぇーーー。
私はきょろきょろとあたりを見渡した。探し人の影も形も見当たらない。
今しがた副長室が爆破した原因は間違いなく奴のせいである。
一番隊隊長沖田総悟。は今現在その人物を探していた。
本日バレンタイン。真選組唯一の女であるは多大なるプレッシャーを背負っていた。
昨日は夜遅くまで一人チョコ作りに追われていたのだ。
やっと出来上がったのは午前3時。おかげで本日の朝稽古に寝坊しそうになり大変だった。
「えっ?!マジで俺なんかにくれんの!?いいの!?うわあ、ありがとなァ!」
まずは局長である近藤さんに渡す。偉い人から渡すのコレ常識。
続いて副長の土方さんへ。
「・・・・・・・。おまえ・・・まさか今日遅刻しそうになってたのって、これ作ってたからじゃねェよなァ?」
「びくっ」
「ゴラァァァァァアアアアアてめぇぇぇぇえええ!!!」
「ひぃー!すみませんすみません!!」
そして次は・・・、
「あ、おっ沖田隊長、おはようございます」
「うーす」
「あのですね、これ、よかったら・・・」
「あ!わりィ今忙しいから後にして・・・ひィーじィーか―たァァァ!!」
「ギャァァァァァアアス!!」
どふぅぅぅうううん・・・・とまう砂埃。
あッと思う間もなく目の前で副長と一番隊隊長の斬り合いが始まってしまい、渡せずじまい。
さっきからどこを探してもいないのだ。隊長に渡さないと他の人に渡せないのに。むむぅ。そのまま昼になってしまった。
「そんな順番とか気にしないで会った人から配ってっちゃえば?」
「うー、そうですかねぇ・・・」
「たかがチョコでしょう?つーか・・・もういい加減見てられないんだよ、気づいてあげてよ、奴ら午前中ずーっと君からチョコもらえるの待って待って期待しまくってんだよ」
「えっ・・・そ、そんな、後がつかえてるだなんて知らなかった・・・」
「見てらんないよ、恥ずかしいよ俺。いい年こいた男たちが寄ってたかってソワソワ・・・・気持ち悪ィからさっさと配りやがれって副長がいら立ってるんだよ」
昼食の席、隣に座った山崎さんから衝撃の事実を知らされて私は焦った。
副長に怒られるのは嫌だ。怖いし。怖いし。
一応女という事で手加減はしてくれているらしいけれど、一部の隊士たちからは「アレは普通に俺達に怒る時よりえぐい」と評判のお仕置き「マヨネーズの刑」はもう受けたくない。アレはトラウマだ。
「局長と副長にはもう配ったんでしょう?後は適当でいいよ。」
てか、俺もいい加減欲しい。ね、頂戴?
にっこり申し訳なさそうな笑顔で手を出す山崎さん。直属の先輩にそこまで言われてしまえば、それまでである。
「ごっ、ごごごごめんなさいっお待たせ致しました!」
しゅばんっ、と慌てて差し出せば、山崎さんは頬を染めて笑顔で受け取ってくれた。
「わーい、ありがとうちゃん」
それから昼食の場を利用して今か今かと待ちかねていた隊士達に一気に配った。
山崎さんの言っていたことは本当で、「今から配ります」と行った時の隊士さん達の反応といったら。
サバンナの奥地、草むらの影からチーターがこちらに狙いを定めているのを知った瞬間のガゼルの群れ並みの反応だった。
はっと息をのむような音とともに食堂にいた人間全員から一気に視線を集めた瞬間は、本当どうしていいのか分からなかったよ。
まぁそんな感じで、長らく滞っていたチョコレート配りは昼食の時間でほとんど完遂に近づいた。
あとは昼食の時間帯が見回りだった隊士達数人と、どこでさぼっているのか昼食の場にすら姿を見せなかった沖田隊長のみである。
そんなことを考えていたら、廊下をこちらに歩いてくる沖田隊長とばったり出くわした。
こ れ は チャンス!
「あの、沖田隊長」
「おーじゃねェか、どうした」
「あのですね、渡したいものが ――――、」
「総悟ォォォォオオオオ!!!」
「げ。やっべ、土方さんだ」
「テメェだろォォォ俺のマヨネーズホワイトチョコにすり替えたヤローはァァァアアアア!!」
「そいつァ俺からのバレンタインですぜィ土方さん。なァに、ホワイトデーは男らしくその首で返してくだせェ」
「死ねってかァァァアアふざけんじゃねぇェェエエエ!!」
ぴゅーっ、と逃げ出した沖田隊長を、副長が物凄い形相で追いかける。
たしかに、酸っぱいものが出て来ると思い込んだ状態で中身があまーいホワイトチョコだったらびっくりするよね。
副長お疲れ様です・・・なんて思いながら小さくなる二つの影を見送り、また渡せなかった事に気づいてはっとなった。
しまった、副長お疲れなんて思ってる場合じゃなかった。
それからもことごとく渡すのを失敗する。
時にかんかんの副長に「部屋片付けるの手伝え」と引きずられて行ったり(私が)、
志村の姐さんの所に行って右頬に見事な花を咲かせて帰って来た局長の手当てをしたり、
時に庭の木から宙づりになっているミントン片手の山崎さんを救出しに行ったり、
時に庭の木から頬を染めながら宙づりになっている神山さんを救出しに行ったり、
時に私が宙づりになったり・・・・と、沖田隊長を見かけてもそれどころではなくてことごとく渡し損ねてしまう。
かと思ったら急に居なくなったり。
いつも思うのだが、あの人は副長を狙っているか縁側で寝てるか以外の時間はどこで何をして過ごしているのか全く分からない。
道場を覗いたけれど姿は見えなかった。
その代り副長が素振りをしていたので、少し稽古を付けてもらえた。
散々だったけど。ちょっと泣いた。
そうこうしているうちに夕方になってしまった。その頃には沖田隊長以外の隊士全員には渡し終わっていた。
あーどうしよう。コレ下手したら今日中に渡せないかも。なんて思いながらパトカーに乗り込む。
今日の私の見回りのシフトは18時から22時。あんまり遅くに部屋にお邪魔するのも失礼だし。
・・・もしかして、避けられてるのかなぁ・・。
「大丈夫?」助手席に乗っているペアの山崎さんが心配そうに聞いてくる。
(一応下の階級の人が運転するのは基本です。副長とかたまに自分が運転した方がはええとかいって無理矢理ハンドルを握ります。そんな副長を止めるために局長が直々にハンドルを握ることも多々あります。)
はあ。私は大きくため息をついた。
断っておくが私と沖田隊長は別に仲が悪いわけではない。仲良しかといわれると、それも簡単に答えるには難しい。
比較的年が近いので、かどうかは知らないが、良く喋ってはくれる。返答に困る話題ばかりだけれど。
あと、・・・何回かキスされたこともある。これは、何でなのか良く分からない。
息のつまるようなキスをされて、それが済むと目を回す私に向かって人差し指を一本立て、「内緒な」と言う。言われなくても言えるワケないのだが。
次会った時にはいつも通りやる気のなーいポーカーフェイスで話しかけて来る。あの人は本当ポーカーフェイスが上手だ。
「・・・と、ちょっとちょっと!!ちゃん!信号!!」
「ふえ?・・・っおああああ!!」
キキーッ!と音を立ててパトカーが急停止する。いかんいかん!
運転中に考え事は、死に繋がる。どうか皆さんも気を付けて!
青い顔でハンドルを握りしめる私の額に、引きつった表情の山崎さんの手が伸びてくる。
熱あるんじゃない?大丈夫?運転変わろうか?ほんと、ほんと大丈夫?
ブルルルルルル、
その時山崎さんの懐から携帯電話のバイブ音が響いた。
「ハイ、山崎です・・・え、・・・・・・・・・」
しばらく無言で携帯電話に耳を当てていた山崎さんは、最後まで無言のまま携帯電話をぱたんと閉じた。
疑問に思いながらも、信号が青になったのでアクセルをゆっくり踏み込む。
「ああゴメン、そこ、ちょっと寄せてくんない?」
「え?どうしました?」
「ちょっと腹痛くて。トイレ」
見れば何となしに山崎さんの顔色が悪い。私は信号を過ぎたところにあるコンビニの前で道のわきに車を停車させた。
「ごめんね、ありがとう」にこりとひきつった笑いを零して、山崎さんがシートベルトを外し助手席から外に出る。
大きなため息をつきながらよろよろとコンビニに入って行く後ろ姿を眺めていると、がちゃり、と助手席のドアが開いた。
「え、お、沖田、隊長」
「車、出しな」
「ええ?」
「出せ」
「いや、でも山崎さんが」
「出ーせっ!」
「は、はひ」
いくら山崎さんが直属の先輩とはいえ、それより階級の高い人から命令されてしまっては断るに断れない。
私は戸惑いながらアクセルを踏む。ああ、山崎さん、ごめんなさい。どうかお元気で。
ちらり、恐る恐る助手席を伺えば、沖田隊長は片肘を付けながら窓にもたれ、流れゆく外の景色を眺めていた。
「あ、あの・・・・どうしますか?」
「ん?何が?」
「もうちょっと行ったところから、車降りて、しばらく徒歩で見回りなんですけど」
「あァ、そう」
「・・・その前に、屯所までお送りしましょうか?」
「んー、や、いいわ。ところでさァ、」
「バレンタインのチョコレートは、全員に配り終わったのかィ」
ぐあんっ、と車が大きく揺れた。この場合縦揺れでなく、大きく蛇行した際の横揺れだ。
いきなり何を言い出すのか。本当にこの人は唐突だ。いろいろと。
「あ、ええと、沖田隊長がいちばん最後です」
そう言えば、沖田隊長は「ふうん」と言って笑った。何がおかしかったのやら??
キッ、とブレーキ音を立てて車が停車する。ここからは道が細いため車を降りて見回りをするのだ。
シートベルトを外そうと助手席の方にふと顔を向ければ、私の肩はそのままぎくりとこわばった。
沖田隊長が、笑っていらっしゃる。
にっこりと、目を細めて、ほほ笑むと言った方がいいのだろうか。私は彼のこの表情を見た事がある。
初めて見た時は、それはそれは女の子でも嫉妬するくらいの綺麗なお顔だことなんて感心した。
しかし、今の私は知っている。沖田隊長が、彼がこういう顔で笑う時は、だいたい ――― ・・・
「う?!ん、むっ」
シートベルトにかけていた両方の手がを男の人の大きな片手によって塞がれ、ついでに口も塞がれる。
ぬるりと舌も入ってきた。きっと何回経験しても慣れることはない、息を奪うようなキス。
毎度のことながらどうしたらいいか分からずぎゅぅと目を瞑っていると、ふっと鼻で笑うような音が聞こえて唇が離れて行くのを感じる。
「チョコくれ」
「えぇ?!い、今ですか?」
もはや唐突過ぎて何が何やらわからない。
可愛らしく「ちょーだい」の形で付きだされた両手は、それでもその仕草に似あわずちゃんと男の人の手をしていた。
「な、ないです・・・まさかこんな形で渡す機会が来るなんて思ってなくて、屯所に置いてきちゃって・・」
「あらら、そーかィ。残念、折角待ってたのに」
「ま、待ってた??」
待ってたどころか、渡したいときに限って全然待ってくれなかったじゃないか。
思い出すのは今日一日のこと全部だ。ことごとく逃げられて、渡せなくて。
そこで私はハッと青くなる。ま、まさか。
「も、もしかして、隊長より先にみなさんに配っちゃったこと、おお怒ってらっしゃるんですか?」
「は?」
「いちばん最後になっちゃって、あの、ほほ本当にすみませんっ、えと、探したんですけど、見つからなくて・・・」
ぺこり!大きく頭を下げれば、頭の上からはあぁ・・・・と大きなため息が降ってきた。
うおあ・・・怒ってらっしゃるよ。山崎さんのばか、やっぱり順番は大事だったんだ。
「俺が待ってたのは、お前が他の隊士全員に配り終わるのを、だぜィ」
へ??と思って私が顔を上げるのと、沖田隊長のシートベルトがカチ、と音を立てて外れたのはほぼ同時だった。
「うおぁっ・・・ぅはああぁっ!」
するりと運転席に移動して来た沖田隊長によって、シートががくんっ、と倒される。
はてなを大量に浮かべながら腹の上に乗っかった隊長を見上げる私を見て、隊長はあからさまにやれやれと首を振った。
「駄目だこりゃ、本当なァんも分かってなかったんだな」
わざとらしくため息をつく沖田隊長。どこか楽しそうな気がするのは私の気のせいだろうか。
「何回キスしてやっても分からねェとは、鈍いヤツめ」
「え、あの、うぅ・・?」
「最初でも最後でも、とにかく「いちばん」が良かったんでィ」
「い、いちばん・・」
「そ、いちばん。ここまで言っても鈍い頭じゃ全然理解できないかィ?」
「・・・・・・・・そ、それ、って」
真っ赤になってワケの分からないとぎれとぎれの音しか出せなくなってしまった私を、沖田隊長は笑いをこらえて見降ろしていた。
イヤちょっと待ってください。そうなるとあれもこれもわざと逃げてた訳で、
いままでのあんなことやこんなこともそう言うつもりで・・・・っ。
「チョコは屯所だっけ?」
沖田隊長がにっこり目を細めて笑う。細めてはいるが瞳はまったく笑ってない。いや嗤っている。
実に楽しそうだ。ええと、それは、・・何よりです・・・。
「折角さっそく使おうと思ってたのに、まァいいか、それは帰ってからで」
「つっ・・?!つか、使う?!」
「上手くはぐらかして俺から逃げてたのはアンタの方だ。さーあ、もう逃げられねーぜィ」
今年のバレンタイン。
いちばん最後のチョコは、いちばん×××▽◎%※!■ ――――――――― でした。
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