ざわざわ・・・
ざわざわ・・・
ここ真選組屯所の配給室の入口では、現在何人もの隊士達がひしめき合って中を伺っている。
もう日も暮れて仕事も上がった後の話だ。
配給室にはココで働く住み込み雑用娘の姿。
いつもの女中着にえんじ色の前掛けを付けている彼女の手元に、隊士たちは皆釘づけである。
ふと、鋭い殺気のこもった視線を感じて、隊士たちはハッと視線を彼女から外した。
その先にいた、彼女の隣で同じくエプロン姿になった黒髪の青年は、
「邪魔だよお前ら」とでも言いたげな視線をつきつけながらも、手はいそいそと板チョコを刻んでいた。
それが、真選組屯所の、2月13日の出来ごと。
ちょこれーとプレイを所望する!
*とっても簡単!生チョコの作り方*
材料:チョコレート、生クリーム、ココア、
@生クリームを沸騰直前まであっためる。
Aその中に刻んだチョコレートを入れて溶かす。
Bラップを敷いたバットに入れて冷蔵庫で冷やす。
C一口サイズに切ってココアを振りかける。出来上がり!
「なっとくいかねーーーっ!!」
朝食の場、一番隊隊長の悲痛な叫びがこだました。
彼が持っているのは朝食の乗ったお盆だ。
アジの干物に野菜の煮付、ご飯、みそ汁、漬物、デザートのヨーグルト。
そしてその隅に、小さな小さな小皿に乗っけられた3粒の茶色のキューブ型の物体。
「さんありがとー!」
「うひょー!やったぁー!」
「今日この日にチョコレートが食べられることに感謝!」
他の隊士たちはとってもご機嫌だ。すれ違うたびに感謝の意を口々に発して去っていく。
よほどチョコレートなんて甘ったるいだけのものが嬉しいらしい。
ケッ、もてない男どもめ。
「ごめんなさいね。本当は一つ一つラッピングもしたかったんですけど、・・・予算が・・」
「あーそうだよねぇ、袋だけでもたくさんいるもんねぇ」
「俺は中身だけでももらえればぜんっぜんいいよ、ありがとう!」
「喜んでもらえて、嬉しいです」
じとー、とさっきから睨みつけているのに気づいているのか気づいていないのか、総悟の目の前の机に座ったはにっこりと通り過ぎる隊士達に会釈をして、さてと、と何事もなかったかのように体の前で手を合わせた。
「いただきます」
「待て」
「へ、なんですか沖田さん」
なんですかじゃねェよ!
総悟は心の中で叫び、更に眉に皺を寄せる。
「まさかとは思いますが、姉さん。“こんなん”がバレンタインだって言わねェでしょうね?」
「え?・・・何かご不満でしたか?」
「ご不満でィ!」
すい、と生チョコの乗った小皿を総悟は指差した。
そこに乗っているのは3つの生チョコ。
先程通り過ぎて行った隊士達のお盆に乗っていた小皿にも、全く同じ生チョコが3つ。
この俺が!他の隊士たちとバレンタインのチョコの数も内容も同じ扱いとはどういう量見だ。
「なんで一緒?」
「一緒でいいじゃないですか。近藤さんだって土方さんだって一緒ですよ」
すい、今度総悟が指差したのは、の隣に座っている土方のお盆。
総悟と同じ大きさの小皿の上には、こんもりとマヨネーズがとぐろを巻いている。
「一緒じゃねェ!イヤ俺はそんな事されてもまんじりとも嬉しくねェけど、つか何そのサービス?!」
「目の前でかけられてショックを受ける位なら最初から覆って隠しておこうかと思いまして」
「・・・・なんか・・すまん・・」
申し訳なさそうにから視線をそらす土方はどうでもよいとして。
すい、次に総悟が指を向けたのは、自分の隣に座っていた山崎だ。
「山崎だって」
「エエ?俺は隊長と一緒ですよ」
「てめーは昨日の晩手伝った後姉さんと食ってたじゃねーか!」
「見てたなら手伝えよ!」
思わずため口でツッコミを入れてしまった監察青年の叫びは、いたってまともである。
それに、食べたと言っても等分に切りそろえるときに出た余りの端の部分だ。美味しかったけれど。
そうでなくとも、
そもそも山崎は「チョコレートを食べる」ことが目的と言うよりは「手伝って一緒に作る」ことが目的のため、他の隊士たちと配られるチョコの量が一緒でも何ら不満はないのだ。
むしろ昨日の時点で満足。ごちそうさまでした。
「綺麗にラッピングしたのもいくつか作ってただろ。アレはどこに行くんでィ」
「万事屋さんとか、お妙ちゃんとか、日頃お世話になってる人です。流石にタッパーで持っていけないでしょう」
「ちゃん!それ、俺も付いて行ってもいいかな?!」
割って入ってきたのは土方の隣に座っていた近藤だ。
一緒に付いて行ってあわよくばお妙からバレンタインをいただけまいかという期待と下心で満ち満ちている。
「いーじゃねーかァ総悟!一緒だって女の子の心をこめた手作りには変わりないんだぞっ」
「コイツの手作りは安上がりを目的とした手作りじゃねーですかィ」
「失礼な、ちゃんと心もこもってます。近藤さん、お妙ちゃんからチョコ、貰えると良いですね」
「ありがとなちゃん!この生チョコも超うめぇよ、生きてて良かった!」
「ふふふ、大袈裟ですよ」
「俺は遠慮させてもらいまさァ」
ことり、と近藤の前に自分の分の生チョコを置いて、総悟は立ちあがった。ごちそうさま。
聞きわけの悪い子供にがため息を吐く。
「もう、何が望みですか」
「チョコレートプレイを所望しまさァ」
「はい?」
ぶっ、土方と山崎が飲んでいた水を同時に噴き出した。
はと言うと耳まで真っ赤になって総悟を睨みつける。どんな所望だどんな。
総悟はそのそんなを鼻で笑うと、いーっ!と舌を出して去って行った。
ちなみに、総悟の分の生チョコは笑顔の局長の胃袋の中に無事治まった。
午前中非番だった山崎に手伝ってもらいながら屯所の仕事を素早く終わらせたは、昼過ぎに屯所を出てかぶき町に向かった。
近藤と一緒に志村宅にお邪魔し、他にも寄るところがあるからと早々にお暇してその後一人で万事屋へ。
かぶき町の隅っこの和菓子屋に寄りつつぶらぶらすれば、目的の黒髪ロン毛の男にも運良く出会う事が出来た。
あとは神社にも寄った。誰もいなかったけれど、賽銭箱の裏にラッピングしたチョコを置き、どうせだから屯所の皆が健康でいられますようにとお祈りしてその場を後にした。
屯所に戻って洗濯物を取り込み空き部屋で畳んでいると、総悟がひょっこり現れる。
その手には大きな紙袋。
何を思ったのかどさりとの隣に腰を下ろした総悟に、はくすりと笑った。
「お仕事、あがりですか」
「おう」
「真面目にお仕事してました?」
「してました。だからこうやって待ち伏せされたんだろィ」
「モテモテですね」
「土方さんはもっとすげぇ大量でしたぜィ」
総悟の持っていた紙袋の中身はほとんどが可愛らしくラッピングされたチョコレートだった。
なるほど、他の隊士達と違ってチョコを遠慮したのは、これがあったからか。
納得したように頷いていると、総悟に呆れたようなため息をつかれた。
「これは食べませんぜィ」
「え、何でですか」
「知らねェ奴からの貰いモンが口に出来るかィ」
それもそうか。
真選組の上層部を狙って、攘夷志士が毒入りチョコを贈り込んで来ないとも限らない。
「本当に今日一日真面目にお仕事したんですよね」
「しやした」
「そうですか」
最後の一枚をたたみ終えたは心の中で笑いをこらえながら総悟を向いた。
この子はドSだし悪ガキだけれど、ちゃーんと「おねだり」の仕方は心得ている。
(だからなおさらたちが悪い)
「隊服届け終わったら、一緒に買い出し出かけませんか?行ってみたかったお店があるんです」
にっこりと笑いかければ、総悟もにこりと目を細めて、ニッと歯を見せて笑った。
「俺でよければ、よろこんで」
すげぇや姉さん、見てくだせェ。どんどん溢れ出てきまさァ
おっ、沖田さん・・私・・も・・我慢できません・・・っ、はやく・・
そうがっつかなくても、たぁんと食わせてやりまさァ。まずは、これにチョコレートを垂らして・・・
ちょ、ちょちょっと、そんなに?!んっ、熱っ・・・チョコが垂れて、
そりゃァ溶かしたチョコですからねィ。は、む・・・お・・・トロトロでうんめぇ
わっ、・・私も食べたいです
イイですぜィ。んじゃいっぱいチョコを付けて・・・・はい、召し上がれ
あー、んっ・・・ん!・・甘ぁい・・・・
さァて、次はなににかけようかなァ
迷っちゃいますね
苺とかどうですかィ?マシュマロはなかなか
バナナはやっぱりチョコと合いますね。あれ、電話が・・・・
こんな時にですかィ。ほっときなせェ・・・これからがお楽しみじゃねェか
ピッ、
「沖田さん大変です!無線の電源付けっぱなしで、今までの会話がパトカーで丸聞こえだって、土方さんが!」
「なんだって!」
口元にチョコを付けながらを振り向いた総悟の手には、お皿とフォーク。
そして彼の背後にはチョコレート色に輝く噴水。
「じゃァ俺が仕事さぼって姉さんとチョコフファウンテン食いに来てるってことがバレバレってことですか!」
「やっぱりさぼりだったんかお前ぇェェエエエ!!」
その日真選組では、朝のチョコしかもらえなかったにもかかわらず見周り中に鼻血を出す隊士が続出したという。
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