がどうしたら喜んでくれるか考えてみた。
ぽかぽかと春の日差しも暖かくなってきたこの季節。
屯所の中庭を眺めながら伊東は考えた。
というのは他でもない、女中としてここに働く一人の娘。名目上は。
そんな彼女が真選組参謀方を務める伊東鴨太郎と恋仲にあるというのは、ほんの一部の人間しか知らない。
公でない、秘め事の恋。そのため制限や動きづらさにやきもきすることもあれど、この関係はこれで悪くない、と伊東は思っていた。
部下でもそう頻繁には立ち寄らない自室の文卓を前に、背を伸ばして姿勢よく向かう、そんな彼の前には何枚かの書類・・・とは別に、小さな手帳が佇んでいた。
庭に咲いた梅の木に遊びに来たのだろうか、鶯の声が趣しげに響く。
「・・・・・」
その整った顔で庭を眺める、その穏やかに目を細めた表情を見れば、どんな娘でもたちどころにため息とともに暗りと眩暈が・・・となりそうなものなのだが。
生憎今の彼の頭の中にあるのは愛しい恋人の事のみ。そもそも伊東がこんな表情をするのも、彼女がらみでなくてはあり得ないのだ。
きっと可愛がってる猫にすらしないよ、こんな表情。
一通りの本日の書類整理が終わったので、一休憩がてら手帳を開いてみる。
一か月まえの恋人の日。なんとも可愛らしいことを施してくれた彼女の事を思う。そのお返しを何にしようか。
近藤に検閲後提出するのみとなった書類をトントンと揃え文卓の端に置くと、伊東はもう一度万年筆をとった。
事前調査までして自分のために心身時間まで費やしてくれたを喜ばせたくて、何を準備しようか考えを巡らせる。
一応休憩中とはいえ勤務時間中にこんなことを考えるなんて。現代の若者風に言えばなんてリア充。
でも、なかなか悪くもない。
を喜ばせることはそう難しいことではないと思っている。
もちろん自惚れではない。それはお互い様だし、伊東もがしてくれるすべての事が嬉しいし愛しい。
でもどうせなら普段とは違った新しい刺激で、の驚く顔も見てみたいのも確か。
そのためには・・・。
(いかんせん、まずは『邪魔虫』を排除するところから根回しするべきかな)
見たい奴には見せておけばいい、そう思わない事も無いが、やはり自分だけが知っているの顔というのはなかなかに、イヤかなり魅力的だ。
サラリ、手帳の1ページを流暢に万年筆が滑る。
はたから見れば真面目に今後の予定を確認する仕事人間に映るだろうが、頭の中はこんなんである。
他人事のように今の自分を分析して、また内心でほくそえんだ。
伊東は極力メモを形に残さないようにしておくタイプである。
仮に考えをまとめるためにメモを書き起すことはあっても、簡単な語句や頭文字など、パッと見た感じでは意味の解らない言葉の羅列にしておく。
誰でも分かりやすいマトメ、が褒められるのは寺子屋までだ。特に自分のような組織の重要機密を扱う仕事柄、後で見返したときに自分だけが分かればいい。
いつ誰にそのメモを見られるとも限らないのだ。
さてと、再び考えを巡らせるのは相も変わらず、完全に惚気脳。
(・・・『白馬』にでも乗って迎えに行ってみようか)
ふと思い浮かんだ馬鹿らしいと言えばばからしい考えに、フッと思わず息を吐いた。
それもそれで面白いと思ってしまうのは疲れがたまっているせいか。
気づかないうちに体にも疲労が蓄積されているのかもしれない。メモ書きに走らせた文字があまりの流し書きに「う」がカタカナの「ラ」になっている。
そう言えば最近立て続けに官僚の相手に屯所を開けてばかりだった。
この時期人の移り変わり、世代交代が激しいのかひっきりなしである。
白馬の王子様というやつだろうか?考えを戻して、伊東はクスリとほほ笑む。
子供じみたなんともな案ではあるが、おそらく真っ赤になってあたふたするであろうあの娘の姿が見えると思うとなかなかどうして。
遠慮する小さな体を抱き上げて一緒に乗せてやれば喜ぶだろうか。
落ちないように後ろから手を回して、こちらは触れたい放題なわけだ。うんうんここで『ムード』を作っておくのも悪くない。
サラ、自分だけにわかる簡単なメモがまたさらに増やされる。
しかしそうなると流石に江戸の街では無理だな。互いに有給でも使って少し離れた田舎でのんびり温泉にもつかろうか。
そして一番大切な『ラスト』。何かしらのプレゼントを・・・・まだ何をやろうかは決まっていないが。
動かしていた手を止め、目を閉じてうーんと呻る。
(何がいいかな・・・)
気づけばそのまま春の陽気にあてられてうとうとしてしまっていたようだった。
まぁ構わないけどね。勝手に人の手帳を盗み見る輩の気は知れないが、どうせ見られたところであいにく自分にしかわからない。
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ム ラ ム ラ
シ ま ス
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次の日から部下がしばらくよそよそしかったのは気のせいだろうか。
どうしてこうなった。
・・・・どうしてこうなった?!
ええっと・・ごめんなさい。
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