くちばしのついたかぶり物をかぶったような、むくむくまんまるに太った天人の夫婦が道の端で飴や焼き菓子を売っている。
 はおつかいの帰りだったが、ふとその前に足をとめて、ちいさな木机のうえに並べられたお菓子の箱を手に取った。二羽のオシドリが身を寄せ合って、かわいらしいはーとに囲まれた絵が描いてある。
 店の主人に小銭を差し出すと羽の先で器用につまんで、ちっちっ、とおつりを計算するとこれも器用につまんで渡してくれた。
 完全に箱の見た目だけに誘われての買い物だ。
 の想う相手もくちばしがありそうな名前をしている彼だから、雑貨屋でもどこでも、かわいい鳥はひいきにしてしまいたくなる。

 ちいさな箱に入っていたのは、四角く包まれたキャラメルだった。オシドリみたいにきちきちに、きれいに二列に並んでいる。チョコレートならやめておこうかと思ったのは、近くやってくるバレンタインデーに伊東があちこちからもらうものを、結局はが彼の代わりに食べることになるとわかっていたからだった。

 甘いものは苦手だと言う伊東は、例年この日のを悩ませる。
 だったら何も渡さないでいようかと考えないでもないけれど、社交辞令でもほかの誰かから渡されているのを見てしまうと、なにもしないのはさみしいし、何もあげないと彼ががっかりしてくれるのがなんとなく想像できるから。
 由緒正しい武家の生まれの伊東とただの女中であるは、釣り合いのとれたふたりだとは到底いえなかったけれど、今だけの間柄でもいいと思うほどは伊東に焦がれていたし、伊東もを大切に想ってくれていることは身にしみてかんじていた。

 今年はすこし苦みのつよい、お酒にも合うと聞いたトリュフを二粒だけ、びっくりするようなお値段だったのをすでに用意してあった。
 二粒にしたのは、そうするとひと粒をの口に入れたがるだろうと思ったからだ。
 味見ならべつに買えばいいのだけど。チョコをあげるのはだけじゃないから、せめて食べさせてもらうことくらいが独り占めしたかったのだ。




 そうしての想像したとおり、長い指が箱に残ったひと粒をつまんだ。


 その日は外回りだった伊東がどこでどれだけチョコをもらってくるのか、も気にかかっていたけれど、部下の篠原がうまく調整したらしく、行った先は堅い用向きばかりだったらしい。
 それでも伊東の部屋にはすでに、紙袋がふたつばかり置いてある。送って来たものや、届けに来たものなど。色とりどりの箱にはリボンがかけてあったり、中には手紙のような封筒を添えてあるものまで入っている。
 それらをちらと見ることもなく、からの包みをさっそく開けてくれるのが、うれしいけれど照れくさい。

 屯所の奥まった場所にある伊東の私室にふたりきり。
 屯所ではふたりの間柄はだれにもひみつのことだけど、部屋の中ならふたりしかいないのだから、態度も言葉も自然とくだける。
 着替えた彼の衣服を始末しながらはちらちらと伊東を見上げて、ふむ、と神妙に味わっている表情を窺った。

「ど、どうですか。美味しい・・・?甘すぎます?」

 お茶を淹れ、心配で傍に腰を下ろしたに、伊東はふっと笑いかけた。
 くちを開けて、と告げる彼はすこしあやしげな目つきをして、言われるままぽっかりと口をあけたを片腕にぐいと抱き寄せる。残りひとつをにやろうとはじめから伊東も決めていた。にやるのが惜しいはずもなく、こうしてやれるほうが愉しいのだ。

「褒美があると簡単に言うことを聞くんだな」

 いじわるなこの人は、何かを言わずにいられないらしい。頬を赤くしたが顔を引っ込めようとしたら、絶妙なタイミングでトリュフを口もとに持って来た。ぷちゅっとキスしたみたいになったを愉快そうに眺めている。

「あまり甘くないのを選んでくれたんだろう。美味かったよ。ほら、も食べてみるといい」

 目を細める彼の顔を見ると、文句なんて言えなくなった。は恥ずかしそうに伊東の指からひと粒食べさせてもらう。彼の指先を舐めさせられて、口の中でころがして、カカオが多めと謳ってあっても多少はあるはずの甘みがひろがるのを待った。

 しかし、思ったほど甘くない。むしろ苦い。珈琲の苦みに近くて、どちらかというとには苦手な大人向けの味だった。
 もちろんそれを狙ったのだから、これは満足すべきかもしれない。
 伊東は外で珈琲をよく飲むし、美味かったと言ってくれたその顔は世辞を言っているようには見えなかった。
 ふむふむ、とうなづきながら飲み込んで、口の中が空になると淹れたばかりのお茶を飲んだ。美味しくなかったわけじゃないけど、にはもっと甘いほうがいい。

 さすがに口直しがしたくて、はこの前買ったキャラメルを思い出した。中を見ただけのままで手提げの中に入っているはず。
 寝間へ行ってひと粒くちに入れて、ほっぺたの片方をふくらませたままで伊東のそばに戻って来て、安くていいからこれくらい甘いのがいい、と思いながら微笑んだ。

「無理して僕に合わせる必要はないよ。来年は君の食べたいものにしてくれていい」
「ううん。美味しかったですよ?」
「しかし、君には苦かったんだろう。口に入れているものは何だ」
「これは・・・キャラメルです。おつかいの帰りに買ったの。箱がかわいくて」
「どれ」

 菓子に興味を示した伊東が珍しくて、はキャラメルの箱をうれしそうに渡した。

「この鳥のマーク、かわいいでしょう?」
「目当てはこれなのか」
「だって、キャラメルなんてどこで買ってもそんなに味は変わらないし」
「どこに売っているんだ」
「これは・・・たぶんもう、欲しくても買えません。オシドリみたいな天人のご夫婦が屋台で売ってたんです。今日通ったときにはいなくなっていましたし・・・」
「それは残念だな」
「どうして?」
が気に入って買っているものなら覚えていようと思ったんだが」
「え・・・」
「この先喧嘩をすることがあっても、君の好きなものを知っていれば機嫌を取ることができるだろう?」

 伊東が箱を見たがった理由が知れて、はうれしいやら照れくさいやら。思わず返事を飲み込んでしまってどう応じればいいかわからない。

「冗談だよ。喧嘩なんぞするつもりはないが、出張の土産をね、いつも何にしようかと迷うんだ」
「そんな・・・なんでも、うれしいです。ううん、わざわざ何かを買っていただかなくっても」

 無事に帰って来てただいま、と笑いかけてくれるだけで、はうれしくてたまらないのに。
 自分を想ってくれる彼の言葉にぽっとあったかい気持ちになって、引かれるまま身を寄せて、そっとふたりはくちびるを重ねた。

「甘いな」

 伊東は一旦顔を離すと、を見つめてにやりと笑った。ついさっきキャラメルのかけらが溶けてなくなったばかりだから、彼がそう言うのも無理はない。
 ごめんなさい、と言うの、言葉をさえぎるようにして伊東はまたくちづける。今度はさっきよりもっと深く、長くしつこく熱っぽく。腰にまわされた彼の腕は、を縛りつけるように強く抱きしめた。たまらずが鼻をならすと、煽られた伊東はもっと激しくする。

 その場に押し倒されそうな伊東の勢いには焦って、だんだんとのけぞりながらもようやくひとさし指を彼の唇に押しあてた。

「ん、ま、待って」
「・・・なに」
「チョコ・・・いっぱい、届いてます」
「だから?」
「お手紙が入ってるのも、あるみたいですけど・・・」
「興味ないね」
「でも・・・」
「今は忙しい」

 伊東の手のひらに包まれるのほっぺたはぽかぽかと温もった。忙しいなんて言いながら、ゆっくりとやさしく撫でてくれる。いとおしそうに微笑まれると、勝手に体は熱をもって、くちびるは離しているのにどんどん胸が高鳴った。レンズ越しのきれいな瞳に見つめられれば、目をそらすことなんてできない。

「こっちの甘いのに夢中でね」

 口の中にはもうキャラメルはない。
 お互いにうっとりと見合うふたりは、箱に描かれたオシドリみたいにぴったりと身を寄せた。










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成田屋 リコラさんありがとうございます*^^*