それはある冬の日のおやつどき。お江戸はかぶき町の片隅にこじんまりのれんを出すだんご屋の、本来ならば一日でいちばんの稼ぎ時のはずだった。
けれどいま店は閑散として、暇にあかせて看板娘の磨きに磨いた机と椅子がぴかぴかと黒光りしているばかり。
それもそのはず、今日は2月の14日。人呼んでバレンタインデー。お客は皆チョコレートに奪われ、一年でいちばんこの店に閑古鳥が鳴く一日なのだ。
そんな昼下がりのだんご屋へ常連客が顔を出した。真選組隊長沖田総悟。客という立場をもはや越えて、看板娘であるとは友達のようになってしまっている。
「どーも。ああやっぱりヒマそーだねぇ」
「来るなりヤなこと言わないでくださいよ」
つきあいも長い気安さから歯に衣着せぬ物言いをしてにはイヤな顔をされた。
しかし総悟は気にするでもなく自分専用と定めた席へわき目もふらず座り込む。他に気を使うべき客がひとりもいないのだ。このくらいの勝手はいいだろう。
その手には大きな紙袋。総悟はそれを机の上で逆さにひっくり返して振った。狭い机にどさどさどさっと大量の小箱が山をなす。びろうどのリボンや輝くシールで品良くも豪華に包まれたそれは。
「まあチョコレート!大漁ですねぇ!それが今年の戦利品?」
が大きな目をぱちくり。
そうそれは総悟が今日一日で、あちこちの娘から受け取ったバレンタインのチョコレートだった。
別に自慢に来たわけではない。これを見てちょっとは焦りやがれとさもしいことを考えたのでもない。
カジノのチップかなにかのように、机の上のチョコの小山を総悟はのほうへ押した。
「あんたんトコの旦那に食わしてやんなせえ。あのおヒト甘味ならなんでもイケんだろ」
「………え?」
けれどものまなじりがとっさに吊り上がったことに気づき、慌てて足りない言葉を足す。
「違う違う!あんたの思うよーな意味じゃねえ!」
どうして自分が坂田銀時にチョコを捧げると思うのか。半信半疑のの目が面倒くさいし鬱陶しい。
真選組はそのお役目柄、見知らぬ人間からの差し入れは原則受け取り禁止なのだ。まして総悟は一番隊の隊長という要職にある。幹部に毒を盛ろうという不埒な輩の標的にされていないとも限らない。
そうでなくとも総悟には若干潔癖の気もあるもので、どんな人間のどんな手がどう触ったかもわからない手作りチョコなど食べる気がしなかった。
「だから旦那にやるってんでぇ」
「それもどーなの」
「あんたは絶対口に入れんなよ?毒でも入ってたらコトでさぁ」
「オイ」
もらうかどうかはさておいて、元の紙袋へ戻したチョコを眺めてはしみじみと言った。
「そっかぁ。…ってことは沖田さん、今年はまだひとつもチョコレートもらえてないんですね」
「もらったっつーの。あんたの持ってるそいつはなんでぇ。モテない男みてーに言うなィ」
「沖田さんかわいそう…」
「話聞けよ」
この女そーいうところある。
実際は温度の低い総悟のツッコミなど気にも留めない。万事屋の連中がしているくらい激しくなければ通じないのか。
それよりも突然総悟の両手をぎゅっと握ってきて逆にびびらされた。
「へっ?」
息を飲む総悟にの珍しく無邪気そのものの笑みが向けられる。
「よし!おねーちゃんが総悟くんに、上等のチョコレート買ってあげようね!」
にこっ!
「今から買いに行きましょ!待ってて、すぐにお店閉めちゃうから」
両手を包んだ手の柔らかさに総悟がぽかんとしているうちに、は手早く店じまい。次に総悟が我に返ると知らぬ間にぎゅっと手をつながれ、「早く早く」と急ぎ足のに雑踏の中を引っ張られていた。
目指すは伊勢屋百貨店。早く行かないと特設バレンタインコーナー「チョコレート・コロシアム」は最終日の今日のみ17時で終了だ。
偶然ながらも総悟も仲良く襟巻きで防寒していた。傍からはふたりのこの姿がおそろいのように見えるのだろうか。
ざっくり編まれた太い毛糸には顔の半分まで埋まり、その上にのぞく大きな瞳は街を映してきらきらしていた。ちらちらとをうかがいつつ、思わぬ「デート」となった道すがら総悟はあれこれ考えた。
女と一緒にチョコを買う野郎なんてのは居るんだろーか?
『ねえねえ総悟くんどれがいい?』
『あんたがくれるならなんでもいーや』
『やん、そんなのだめ、ちゃんと選んで。総悟くんの好きなのあげたいのっ』
もしも売場でそんなバカどもを見つけたら叩っ斬ると思う。
けれど当事者が自分であるなら案外アリだとも思える不思議。
そして屯所の若い奴らに何かの拍子でそれを見られたら。
『沖田隊長がだんご屋のあの子にチョコレート買ってもらってたぜ!』
『マジかよやっぱりつきあってたのかよ!そーじゃないかと思ってたよ!』
『くそっ、ちゃんは誰ともつきあわねえと思ってたのに!!』
「………ふむ」
これはなかなか気分がイイ。形のとても整った口元がにんまり愉しそーに笑った。
目指す伊勢屋はもうまもなく。風よけに降りた地下街には、壁面を大々的に使って例の売り場の広告が光っていた。
ところがそのときわずかに一瞬、一目散に歩いていたがふとある店の前で立ち止まる。
食い入るような視線の先には、お江戸の主に駅ナカでよく見る焼きたてワッフルのチェーン店があった。
行き交う人の足音とスピーカーからの音楽がかもす雑然とした音響にまぎれ、「ぐぐー!」と確かに聞こえた音はまさかと思うが腹の虫だろーか。見るとすぐさま目を逸らされたので、聞こえなかったふりをしてやったが。
そういえばはついさっき1日の仕事を終えたばかりなのだ。ほとんど客もなかったとはいえ。
そこから漂うバターと砂糖の暴力的な甘い香りは総悟も実は気になっていた。腹ぺこのはひとたまりもあるまい。
総悟は壁に埋まったような小さい店を指さした。
「俺はアレでもかまいやせんけど」
「そ、そうはいきません!ぜったい伊勢屋さんでなくちゃ!」
あきらかにワッフルに心惹かれながら、それでも頑として譲らないに
「あんた自分がもーいっぺん伊勢屋で買い物したいだけだろう!」
思わずそうツッコむより早く、が拳を握りしめて言った。
失礼な口をきく前で良かった、総悟は後に胸をなで下ろした。
なぜならは熱く語ったのだ。
「だってあそこで沖田さんにぴったりのチョコレートを見つけたんですもん!」
「伊勢屋さんにしか売ってないの」
「おふらんすの職人さんが作った精密なチョコレート細工でね」
「ちょっとあだるとで、えろてぃっくなイメージで売ってるブランドで、今年のテーマは『恋の奴隷』で」
「チョコレートで作った首輪とか、足枷だとか手錠なんかが、すごくリアルで色っぽい出来で…」
ぺらぺらとのまくしたてる御託はほとんど耳を素通りした。
総悟に残ったのはここだけだ。
「そのチョコ見た時、もしも沖田さんにあげるなら、これしかないって思ったのよ」
総悟の預かり知らぬところで、が総悟を思うことがあるのだ。
「ね?だから早く行きましょ。やだもうこんな時間。会場閉まっちゃう。売り切れてないといいんだけど…」
は繋いだ手を引っ張った。
が、総悟はお手軽ワッフルの店から根が生えたように動かなかった。
「いいや、俺はコイツがいい」
店頭のポスターを指さしながら。
もちろんこの店も菓子屋のはしくれ。バレンタイン用にチョコレートづくしの季節商品くらい扱っている。
「これが食いてぇ。今すぐ食いてぇ。俺も腹ァ減ってきちまった。考えてみりゃあどーして俺がチョコレート売場まで行かなきゃなんねーんで」
「えっ、まぁ、そりゃあそーなんですけど…」
と総悟の力関係はわがままで振り回したほうの勝ち。だいたいも本当は目の前の店に並ぶワッフルの香りによだれをたらしそうなのだ。
総悟を後押しするかのようにベレー帽の店員が運ぶトレイから爆発的な甘い香りがした。
「ただいまバレンタイン限定『とりぷるべるぎーしょこらワッフル』が焼きあがりましたぁ♪」
「ほんとにこれでよかったんですか?」
「わりーね。土産までもらっちまって」
この地下街の憩いの空間、噴水広場を囲むベンチにふたりは並んで腰掛けていた。
総悟の手にはほかほかさくふわ、とろあまのチョコレートワッフルがお召し上がり用の紙に包まれてふんわりと湯気をまとわせている。手元には別に持ち帰り用の10個入りケースがなんと3つも。いわくそれくらいの予算をはじめから計算していたそうだ。総悟はバレンタインチョコの底知れぬ深淵をかいま見た。
「んっ、ごほん!それで?そのなんとか言うチョコレートが俺に似合うって?」
「そうそう。そのチョコ見た時ぴんと来たんです。これは沖田さんのイメージだって」
「へぇ。首輪型のチョコねぇ」
「ちゃんと鎖までついてるのよ。沖田さんいつも隠し持ってるじゃない?」
「そーだっけ?」
「とぼけないの、今もどーせポケットに入ってるんでしょ」
「よくわかってんじゃねーか。ハメてみますかぃ」
「遠慮しまさあ」
「マネすんなィ」
気のない顔でワッフルをぱくり。総悟も腹一杯胸いっぱいで、チョコ生地に砕いたチョコを練り混みチョコを塗りたくったチョコ尽くしも、ろくに味などわからない。
ただ、忘れた頃にまた訊いた。
「で?そのチョコ見た時、え?なんだって?」
「まっさきに沖田さんを思い出しちゃった」
「へえぇぇ〜」
上等のチョコももらわないのに総悟はたいそうご機嫌で、それから数日屯所でも女中の手伝いなどして驚かれた。
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FunnyGoose 藤丸すみれさんありがとうございます*^^*