障子を開けると庭の風景が一変していた。
 雪だ。せいぜい10センチほどとはいえ、石灯籠も庭石も、今では水を抜いてある池も、表面を白く覆われてなだらかな起伏と変わっている。
 おぉ…と思わず総悟はうなった。いくつになってもこれはこころ躍る光景だ。特にこの、誰にも踏み荒らされていないなめらかな白。
 ふだんは誰が起こしに来てもぐずぐず聞く耳もたない彼が、ぱっと布団を跳ね上げた。
 屯所に張り巡らせた仕掛けも雪の日バージョンに変えるとするか。


 ぱりっと糊のきいた制服に着替え、まずは朝食でもと食堂へ向かう。
 すると前方から土方が歩いてきた。こちらは職務で徹夜明けらしく、端整な顔には疲労の色が濃い。しゃんと背を伸ばし歩いてはいても、その制服には長時間の正座でくっきりと皺が刻まれていた。
「ぇーす」
 なんともいえない顔をされたのは、「おはようございやーす」を極限まで簡略化した挨拶の為ではなかったらしい。
 総悟のそばで足を止め、土方がため息がわりの紫煙を吐いた。
「おい、今度は何をしでかした」
「朝っぱらからなんです」
の奴だよ。どーせてめぇの仕業だろう総悟」
「はァ?姉さんがどーかしなすったんで」

 というのは、住み込みで働く雑用娘だ。総悟よりいくつか年上だから「娘」というのは当たらないかもしれないが、女と呼ぶにはあどけない。誰もかれもがついあの娘を年より幼いもののように扱ってしまう。娘らしいところが決してないわけでもないのに。
 土方には妹のように愛され、近藤には娘のように愛されて、そして総悟には、お気に入りのオモチャとして可愛がられる娘なのである。

 えー?なんだなんだ?どれのことだ?少しも表情を動かすことなく、総悟は思いを巡らせた。にイタズラをしかけるのは総悟にとってあまりに自然なことで、いちいち覚えてはいない。朝目覚めてから今までに何回息を吸ったかなんてことを、数えている者がいないのと一緒。
 いったいどれのことだろう。部屋の入り口に仕掛けた網で宙づりにするのはいつものことだし。
 通り道にとらばさみ(安全のため歯はつぶしてある)を置いて転ばしてやったこともあるが、ひっくり返した洗濯物に埋もれては怒りながら、でも笑っていたし?
 それとも一昨日食堂で、食事のおばちゃんの手伝いをしていた時のアレだろーか?ザルと生ゴミ入れをすり替えてやったら、は最後までそれに気づかず、ゴミまみれになった豆を泣きながら一粒ずつつまんで洗い直していたっけ…。

「いーからさっさと謝り行ってこい!アイツに出ていかれてまた泣くのはてめぇだろーが!」
「はァ?なんでぇそりゃ」
 失敬な。
 総悟はそんなことで泣きはしないし、だいたいがそんなイタズラを…
 総悟を、怒るはずがない。


 続いて鉢合わせしたのは局長近藤だった。
「おはようございます」
 今度はちゃんと自分から、略さずしかもぺこりと頭も下げる総悟。
 なのに近藤も総悟を見るなり、困ったような呆れたような微笑ましいような苦笑いをした。
「ははは総悟〜。何をしたのか知らねーが、そりゃあヤリすぎってもんじゃねぇか?」

 近藤が言うのも土方と同じことのようだ。しかし何をしたかも知らないのに「ヤリすぎ」と決め付けるのはどーいうことだ。
「早く謝り行ってこいよ?ちゃんに嫌われてもしらねーぞ!」
 大きな肩を豪快に揺らし、かははと笑いながら去る。
 まったくとんだ言いがかりだった。

 さらに廊下を進むうち。
「おーきーたぁぁぁぁぁぁぁ!覚悟ぉぉぉぉ!よくもちゃんをぉぉぉぉぉ!」
 目を血走らせて山崎退が突っ込んできた。こいつととは「ちゃん」「退くん」と下の名前で呼び合う「親友」同士なのだそうだ。山崎のくせに生意気な。
 おそらくは親友のために、敵わぬを承知で特攻をかけてきたんだろう。
「おぉぉぉきぃぃぃたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 物騒なことに山崎は脇差しを抜いて迫り来る。しかし総悟は少しもあわてず懐から小さなスイッチを出すと、
「ポチっとな」
「っ?!」
 ぼん!と山崎の足元だけに、ピンポイントに火柱が上がった。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 本来土方抹殺用だが、この手のトラップは屯所中に張り巡らされている。黒こげで倒れた山崎の屍を総悟は悠々踏み越えていった。





 ようやくそのひとを見つけたのは屯所の表門だった。へっぴり腰でざっくりざっくりは門前の雪をかいている。だが土蔵から引っ張りだしてきたとおぼしきスコップは、そもそも隊士の土木作業用で、図太い持ち手に金属製の先端がついた本格派。非力な彼女では持つだけでいっぱいいっぱい。道端の雪をかいているやらスコップに振り回されているのやら、わからないようなありさまだった。

 総悟が見ていることには気づかず、やがて重たいスコップを置くとは小さく息をついた。
 作業に疲れたというのとは違う。それが証拠にが雪かきなどするまでもなく、街中に降った雪はあっと言う間に通行人と車に踏み荒らされて、今では溶けかけのシャーベットと化している。

 土方が近藤が、胸を痛めたのも無理はなかった。(そういえばもうひとり誰か居た気もするが)
 いつもの朗らかな娘とは違う。肩は確かに弱々しく落ち、それはそれは哀しげな後ろ姿だった。


 総悟の胸も、つきん、と痛んだ。
 同時にひとつ思い当たった。あぁ、きっとあの時のイタズラだ。
 昨日総悟はに命じて、資料室にある大量のファイルを、半日がかりで別室へ移動させてやった。
 「ふう、それで次はどうします?」と、爽やかな汗を流すを、総悟はにっこり天使の笑みで、絶望へつき落としてやったのだ。

  「いや別に。元あったとこに戻しておくんなせえ」
  「………!?」


 自分の半日の労働が、まったく、無意味な、作業のために、無駄につぶれたと知ったあのの顔!ああ今思い出してもゾクゾクする…!
 そして同じく半日がかりでファイルを元に戻す間の、の苦痛と絶望に満ちた顔!
 人の精神は強靭なものだが、無意味な労働にだけは耐えられないという。どこぞの独裁国家において行われている拷問を、総悟なりにアレンジしてみたのだが。

 きっとあの一件だ。間違いない。さすがののんきな屯所の猫も心に異常をきたしてしまったのだろう。
 可哀想に。
 おもちゃのメンテは主人の仕事。
 総悟は自分のしたことのけじめをつけることにした。




 へと一歩あゆみよる。いつものように「姉さん」と声をかけるより早く、が気づいた。
「あ…沖田さん。おはようございま…」
 が、その瞬間。
 の立っていた空間は白い巨大なもふもふにとって代わられた。
「ぎゃーっ?!」
「わふっ!!わふわふわふっ!」
 の体を下敷きにして大喜びのもふもふは、人の数倍の大きさのけだもの。ふさふさのしっぽをちぎれるほど振り、に全力でじゃれついている…
 万事屋のペット、定春だ。
「わふわふわふっ!」
「ぶふっ、ま、待って、重…、どいてぇぇぇぇぇ…」
 なぜかはこの獣に懐かれて、でくわすたびにこんなことに。


「あー悪ィ悪ィ、手がすべっちまったぁ〜」
 すべったその手をひらひら振って坂田銀時が追いついてきた。定春の首輪につながれた散歩用のリードをやっと拾うと、どうにかの上から定春をどかしてくれた。
「いや〜、犬はよろこび庭かけまわりってね〜。いつもの散歩コースじゃ足りねぇってんで、こんなとこまで足伸ばしてきちまったよ」
 へらへら、その顔はを見てだらしなく笑っていた。
 総悟は知っている。このダンナが、を憎からず思っていることを。ことあるごとに彼女を万事屋で飼おうと目論んでいることを。
「よ、。雪合戦でもして遊ばねぇ?神楽がお前呼んで来いってうるさくてよォ」
 そうやってガキとイヌをダシにして!

 ところがのうかぬ顔を見るや、銀時までが総悟をじっとりにらみつけた。
「おいおい今度はなにやらかしたの沖田くん」
「あんたまでそーいうコトを言いますかィ」
 つーかまずは自分とこのペットの所業を考えろや。

 それからすぐに銀時も、嫌がる定春を引きずって帰り、総悟とだけが残された。
「畜生、顔見せにだけ来やがって…」





「あー。えーと…」
 なぜか思うように声がかけられない。
「雪かきなんて、必要ありませんでしたね」
「あ?」
 けれどもは総悟には、いつもと少しも変わらない顔で笑った。

 の寂しげな目が見ていたのは。残念そうにしょんぼり見るのは、屯所の門前に広がる道。行き交う人々の足に踏まれて、あっと言う間にただのぬかるみになってしまった雪道だ。
「はりきっちゃってバカみたい。ですよね、ここはお江戸ですもん。こんな雪すぐに溶けちゃいますよね…」
 はぁぁと長いため息をついて、はいかにも重そうにスコップを引きずりきびすを返した。

「…ん?」
 つまり、は総悟のイタズラに堪えていたわけじゃなく。
「…ホームシックって奴ですかィ?」



 なんでぇガキじゃあるまいし!と、笑いとばしてしまおうとしたが、総悟にはそれができなかった。
 身につまされたといってもいい。
 高層ビルが天を衝き、頭の上を船が飛び交う。よその里から来たものにとって確かにお江戸の光景は独特だ。ましてやはたったひとりで親許を離れここへ来ている。
 たとえ大人でも時には心に陰りのさすこともあるのだろう。

 ざりざりスコップをひきずるの、その手を総悟はぎゅっと握った。取り落とされたスコップが、がっしゃーんぐわわんと倒れてやかましい音を立てた。
「え?沖田さん?なんでしょう」
「来な」
「なななななあに?また意地悪はいやですよ?この間は私ほんとにへこんで…」

 腰の引けるはおかまいなしに、手を引き外塀づたいに奥へ。人通りのある表の道はそりゃあすぐ踏み荒らされてしまうだろうが。
「ほらよ」
 軽く肩を押し、を前へと押し出してやった。



 やってきたのは中庭だ。総悟の部屋のちょうど前。気むずかし屋の隊長を恐れて隊士もここを通ろうとはしない。
 ゆえにここには、真っ白な雪に覆われたのどかな庭がそのままの姿で残っていた。
 雪がディテールを覆い隠して、たとえばどこかの田舎家にも似たような、少し懐かしい景色に見えるはず。
「…わぁ…!」

 がほにゃっと頬をゆるませた。そうしていると総悟より年上だなんて到底思えない。
 ふっ、と総悟のきれーな顔にも天使のような笑みが浮かんだ。
 そして。
「ありがとうございます!沖田さ…」


 うっすら涙すら滲ませて、感激のあまりに振り向いたが、まーるくその目を見開いた。
 そう天使の笑み。総悟がこうして微笑むときは。
「………え」
 の視界に映るものが、雪景色からゆっくりと、青い空へとズレていった。
 顔に似合わぬごつい手のひらが、をおもっいきり突き飛ばしたのだ。
 約90度の扇形を描き、の体はぼてーん!と雪の中へ倒れた。



「…?…?……?」
 猫の足跡ひとつないなめらかな新雪の上に、みごとな人型ができていた。手足を大の字にひろげた、季節は過ぎたがクリスマスに出回るジンジャークッキーのようなカタチ。
 の目の前には青色が広がっている。何が起きたかわけもわからず、今は雪も止んだ空を見つめる、その視界に総悟が割り込んできた。
「ぶははははは!」
 …すごくうれしそう。
「こんな見事にバッタリいった奴見たことねぇ!ふつー手ぇつくなりなんなりするだろ!?!すげぇや!姉さんアンタ度胸あるねェ!」
「………」

 雪のクッションのおかげでどこも痛くはない。
 ただ少しだけ体の後ろ半面が冷たくて、そのうちじわじわお尻に水が染みてきて、はしゃぐ総悟の顔を見るうちあんなことやこんなことが思い出されて…。

 がばっ!とは飛び起きた。







「うわああああああん!お兄たまぁぁぁ!」
「いや、お兄たまて。いやいいけどな。あぁそーか泣け泣け好きなだけ泣け」
「うわあああああん!」
 膝に突っ伏し泣きつくを、土方の手が力なく撫でた。
「ったく総悟の野郎、朝っぱらからろくでもねぇ…」

 多少認識のすれ違いがあるのだが、結果やっぱりを泣かせたのは沖田総悟ということになった。
 冤罪ではないから仕方がない。










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リスペクト銀魂夢サイトFunnyGooseのすみれ様より頂いて、いや、奪って来てしまいましたー!!
恐れ多いィィィ!!その一言に尽きます!!超嬉しいです。ありがとうございますすみれさんんん!
もうね!あのね!総悟の悪ガキっぷりときたら!!(褒め言葉です)鬼畜っぷりときたら!!(褒め言ry)ウザさったら!!(褒ry)
はしばしに色んな「今まで」の屯所の猫成分がにじみ出てる編とか、もう、感動します。銀ちゃんも出てきてくれたし!
本当に本当にありがとうございました!
それでは最後に、
Let'sお兄たま!!(謎)

変態で愛おしい銀ちゃんと悪ガキで報われないけれどもそこが可愛い総悟に会えるすみれさまのサイトは ■コチラ■