ぐはぁ、疲れた。
私はぐったりとその場に突っ伏した。大量に噴出した汗は皮膚のその場にとどまっていることはできずに重力に従って。
つまりは滝のように流れる汗っていうのはこういうことを言うんだなぁ。
なんてことを熱くなっている自分の体はそっちのけで考えた。

「大丈夫?」
「ほんと・・・いっつもいっつも、容赦ないよね」

荒れた呼吸を整えながら目の前で見下ろす男を見る。
えへへ、と人懐こい笑みを浮かべながらもう一度「大丈夫?」と手を差し伸べてくれるこの黒髪ジミーは、一応、自分の彼氏に当たる人である。

「どんな紹介の仕方だよどんな。ホラ立って」
「うあー。また負けたー!」
「ふ、まだまだだねっ」
「何それ全然面白くない」
「ひどいなソレ!!」

今更だが、互いの右手に持たれたのはミントンのシャトルである。
今日は週に一回のOMC(大江戸ミントンクラブ)の練習日なのだ。
と言っても、クラブはもう終わってしまったから、皆が帰ってしまった後の総合体育館の一角で、私と山崎君の二人で居残り練習という名の熱いバトルが繰り広げられていたのだが。
・・・・「熱いバトル」なんて表現してごめんなさい。一方的もいいところだ。つまりは、ぼろ負け。
うーん悔しいなぁ。OMC歴は山崎君より確実に私の方が長いのに。


私たちが出会ったのもOMCだった。
いや、正確に言えば私の中での初めてはそれよりも一年ほど前までさかのぼる。
彼は覚えてないと思うけれど、私たちが初めてであったのは江戸のかぶき町に一軒しかないミントン用具専門店である。
ちょうど、私が何か運動したいなぁと思ってミントンクラブに入りたての頃の話だ。
どんなシャトルにすればいいのかわからなくて、でも店員さんは忙しそうだし聞くのははばかられて、そわそわうろうろして結局帰ろうかなぁなんて店をでようとしていたとき、たまたま来ていたお客さんの一人の男の人が声をかけてきてくれた。

「こんにちは。もしかして何か探してる?俺店員さんじゃないけど、ここ良く来るからさ」

それが、山崎君だった。
それから彼に適当に予算内のシャトルを見繕ってもらって別れた。いい人だったなぁなんてその場は思って別れたけれど、家に帰ってもちらちらと彼の顔が浮かぶ。名前も聞いてないのに。
一目ぼれだったのかしらなんて思うとかぁっと頬が赤くなって、布団にダイブしてごろごろした。
それから一年くらいしたある日、OMCに入籍してきた男の人がいると聞いて、それがいつかシャトルを見繕ってくれた彼だと知った時は本当にびっくりした。彼が見繕ってくれたシャトルは本当に使いやすかった。


ちゃん」
「へぁ?」
「大丈夫?もしかして熱中症?水分取りなよ」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「なーに、やさしい俺がせっかく心配してやってるのに」
「うわ。自分で言うか。退くわー退だけに」
「何それ全然面白くない」
「酷い!」
「さっきの仕返し」
「あーほんと、山崎君付き合ってからどんどんかわいくなくなってきてるよね!あのころの山崎君帰ってきて!」

山崎君は私の言葉に一瞬きょとんとした後、大声で笑いだした。なつかしいねーなんていいながら。


山崎君がOMCに入って来てからすぐに付き合ったわでではない。彼は私のこと覚えていないようだったし、私は私で恋愛ごとにものすごく奥手だった。
OMCでは一応先輩だけれどミントンの腕ではすでに適わなかったため、いろいろ教わったり、一緒に練習したりして仲良くはなったけれど、最後の勇気が出ずにドギマギしながら気づけば一年過ぎようとしていて。
恋愛ごとに疎いのは向こうも同じだったようで、お互い好き合っているのは何となく感じていたけれど、最後の一歩が踏み出せなくてもじもじしていた気がする。
ていうかそのもじもじしてる山崎君にものすごくときめいていたのは内緒だけれど。かわいらしく恥じらう男の人は本当にグッと来た。

ちゃんさえよければ、付き合ってください」
「ふえ、ふあい!」

結局、相変わらず人懐こい笑みで恥ずかしそうに山崎君がそう言ってきてくれて、私たちは付き合うことになった。
・・・・・のだが。


「ほーら、起きてって。片付けして、置いてくよ」
「昔はもっと優しかったよね?」
「今でも十分優しいだろ」
「昔はもっと・・・恥じらいがあったもん。初めて手繋ぐ時もお互い凄い緊張しちゃってさ、あぁ甘酸っぱいひと時が懐かしい」
「そんなんだったっけ?高校生かっ。あいにく、いちいち過去を気にする男じゃないもんでね」

あーそうでしょうね。
私は山崎君の手を無視して地面に膝を抱えて座り込んだ。
そんな私を見て山崎君は諦めたように一人でさっさとネットや支柱を片づけ始めてしまっている。
どーせ今日が何の日かも覚えてないくせに。ぼそりとつぶやいた私に、手を停めて山崎君が振り返った。

「今日?さぁ、何の日だっけ?」

やっぱり!
山崎君は何にも悪くない。我ながら無茶振りなのは十分承知の上で、ぷいっとあさっての方向を向いた私は、呆れたように近寄ってくる彼の足音を聞きながら考えた。
お守りのようにずーっとカバンに入れっぱなしになっている、3年前のスケジュール帳。
一目惚れだぁ・・!と一人で熱くなった勢いで貼られたグリーンのハートのシール。初めて彼に会ってシャトルを選んでもらった日が、まさに3年前の今日だった。
名前も聞かずにただ一言二言話して別れただけ、私だけが覚えていて、彼が覚えていないのは分かりきっているのに。
わがままな私をあやすように上から山崎君の声が降ってくる。

「冗談だよ冗談。過去は気にしないけど、過去は大事にする男だよ俺は」
「・・・・・じっじゃぁ、今日が何の日か、わかるの?」
「当たり前じゃん」


「俺がOMCに入籍した日だよね。覚えててくれたんだぁ嬉しいなぁ!」


・・・・・・・・・・。

わずかに頬を染めながら(その恥じらう姿が殺人的にかわいいのは置いておいて)、笑顔で言い切った山崎君に、私は絶句する。
違うよ!!イヤその日でもあるのかもしれないけれど!ていうかそうか、二年前の今日だったか、彼がOMCに入ってきたのは。

「え?違う?」
「・・・・・・」
「・・わかってるって、忘れるわけないだろ」
「!」
「今日で丁度一周年だもんね、俺たち」

「・・・・え?」

山崎君の言葉に目を丸くするのはこっちだ。一周年。そういえば。真っ赤になりながらOKしたのは丁度今の季節だった気が・・・・
そこまで考えて私はハッとした。スポーツでかいたものではない謎の汗が一筋、額を流れ落ちる。
まさか。

「あれ?それの事でもなかった?ごめんね、今日は俺いろんなものの記念日なんだよね」

一年前の今日に私たちは付き合い始めて、
そのちょうど一年前の今日に彼がOMCに入ってきて。
そのちょうど一年前に・・・・

「もしかして、君と俺が初めて会って君が俺に一目惚れしてくれた、記念日のことかな」
「・・・な、何で、知って、」
「ちなみに、俺はそれより前から君のこと知ってたよ」
「・・・・・・・・・!!」

「いやぁー苦労したよう。君の好み聞き出したりさぁ、その気にさせるために周りに協力してもらったりもして」
「・・・・・」
「ま、君が恋愛ごとに関して奥手なのは正直助かったけどね。我ながらまァよくも一年も我慢したよってね」

え?
ちょっとまって?
つまり、つまりは、

ミントンショップで出会うよりも前から彼は私を知っていて、
つまりはミントンショップで声をかけてくれたのも偶然ではなくて、
その一年後彼が私の通うOMCに入ってきたのも、やっぱり偶然ではなくて、
それから一年私が山崎君の恥じらう姿にきゅんきゅんしつつも一歩を踏み出せないでいたのも、山崎さんは知っていて、
告白された時のあの甘酸っぱいシチュエーションも偶然の産物ではなくて、

もっと言えば、上手い具合に明日はお互いオフで、今晩は泊まってくねー。ってな今日のこの状態も、もしかすると。


・・・・・もしかすると?!



「今年はどんな思い出追加しようか、ねぇ?」

相変わらずの人懐こい笑顔は崩れない。
しかし言葉の端々から既に漏れだしている彼の本性に、ちょっとゾクッとしながらもキュンと来てしまった私は、

これまた私の気づかぬうちにじわじわと、彼の掌の内だったりして。





一周年記念時の拍手山崎さんver.
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