働けOLさん〜桂山さんの秘密〜


さん、頼まれてたサンプル準備できた?」
「はいっ、もうすぐ終わります・・」
「ちょっとォ!あんたが書いた請求書お客様の漢字違うわよ」
「えええっ?い、今書き直しますのでっ!」

「はい、確認終わったわよ、お疲れさん」
「ありがとうございます・・・すみません」
「まぁ、まだ入ったばっかりだし仕方ないよ。でも・・・」

訂正して書き直した請求書を確認して持ってきてくれた先輩が苦笑いをもらす。
「今一生懸命印刷してくれてる売上書なんだけど、用紙上下逆だから」

「わあああああああ・・・・・ごめんなさい・・再発行します・・」
「それ終わったら上がっていいから。あ、廃棄書類はシュレッダーかけてね」
「はぁい・・お疲れ様でした」


私、は今年4月から晴れて新社会人となったぴちぴちの新人だ。
新人だからと言って許されるなんてこと、ある。
何事も最初から完璧にできる人なんてのは居ないのだし、膨大なお客様個人の対応、入って何週間で覚えるのだってできるわけない。それは先輩だってわかってるから、間違っているところはその都度指摘して、徐々に慣れていかせつつも新しいことを教えていくのだ。
だってわかっている。
しかし・・・・。

「はぁ・・・・・なぁんていうか・・自分が情けないよなぁ」

自分ができる人間だなんて思っていないけれど、本当はもっとやれる奴だ!なんて過信もしてないけれど。
新人は研修期間ということで入社後数か月は定時で上がらせてもらえる。先輩たちはそのあとも残ってせっせと仕事だ。
自分の仕事に加えてに仕事を教える、という仕事までこなして、しかもその自分の仕事の分だって量としてはと比べたら断然多い。
それなのに・・・仕事量は先輩の方がずーっと多いのに、毎日定時には自分はくたくたになってしまっているのだ。なんていうか、これから仕事が増えて行ってはたしてやっていけるのだろうか。

失敗した大量の書類を無理やり押し込めば、「も゛も゛も゛も゛・・・」なんて言ってシュレッダーが一生懸命口を動かして、飲み込もうと紙をもさもさと食いちぎっていく。
その感覚がなんか小気味良くてぼへーっとその様子を眺めていると、ふと上から声がかかった。

「どうしたの、鈴木さん」
「えっ」

は驚いたように声のした方を見上げる。見上げてみて以外に相手が高くてもう一回驚く。
そこには一人の女性がいた。女性というには高すぎるほどスラーッと伸びた長身、キューティクルの輝く長い黒髪。
が入社する半月ほど前からこの会社に働き出した、パートの「桂山えづら子」さんだった。
彼女は凄い。入社して間もないのに驚くべき速さで仕事を覚え、今や電話対応までさせてもらっているのだ。恐るべし桂山さん。これが社会人一年目と中途の差か。

「桂山さん・・・」
「何か悩みでもあるのか、そんなに沈んだ顔をして」

「私でよかったら、イヤ、えづら子でよければ、何でも聞くわよ」
不思議な人だ。はそう思った。女の人なのに、しゃべる言葉がいちいちおネエ言葉に聞こえてしまうのはなぜか。
紙コップ自動販売機の傍で、私たちはほんの少しの間見つめ合った。
意を決して、は口を開く。

「桂山さん、あの、ですね・・・私・・・」
「うむ」
「私、鈴木じゃないです」

長い間、私と桂山さんの間に気まずい空気が流れた。




パートの桂山さんは正社員じゃないから残業もない。
同じ時間に会社をあがった私たちは、会社から少し離れたところにあるハンバーガーショップに足を運んだ。
「ロゴマークが『M』だなんて、はしたない店ね!」なんて桂山さんはぷりぷりしていたが、私は彼女が何に対して怒っているのかよくわからなかった。
そんなことを言ったら、あのハンバーガー屋さんだってあのハンバーガー屋さんだって、あそこのドーナツ屋さんだって『M』だ。
私と桂山さんは窓際の席に座って、ふぃっしゅばーがーとポテトとジンジャーエール(桂山さんはぶどうジュースだった)をつまみながら、つれづれとどうでもいい話をした。

「あの会社は女性社員が多いのね」
「女が強い村は栄えるともののけ姫のアシタカも言っていた。今の時代は女だからと言って侮れん。男よりもずっとパワフルだ」
「あはは、言ってたっけそんなこと」
「おれは、お主も強い女だと思うぞ」

失敗してあわあわしながらも、再び同じ過ちをしないように間違いをメモしながら飛び回って頑張っていたではないか。
桂山さんが目を細めながらいたずらっぽくこちらを向いてそんなことを言うものだから、私は恥ずかしくて下を向いてしまった。見られてたんだ。
・・・ていうか、

「・・・・おれ?」
「おっと、もうこんな時間だ。いかんな、さっさと家に帰らなければ。エリザベスが待っておる」
「エリザベス?!」

突然桂山さんの口から飛び出てきた横文字にびっくりしていると、ひょいっと目の前の盆が持ち上げられる。
私の分のゴミまで持って行ってくれて、あわてて追いかければ桂山さんは「また明日」と言って笑った。

「は、はい!また明日、桂山さん」
「桂山ではない、えづら子だ」
「え?」
「夕日を背にぶどうジュースとジンジャーエールを交わし飲み合った仲。私とお前はもう友人だ」
「・・・・・」

友人。知らない地に一人で出てきて、家の周りも会社の中も知らない人だらけ。そんななか、初めて「友人」なんてものが、こっちの地でもできました。
それが嬉しくて無性に胸の中がキラキラわくわくした気持ちでいっぱいになっていると、ふと目の前の桂山さんがそわそわしているのに気づく。

「名字で呼び合うのは友らしくないじゃないか。だから・・・」
「あ、もしかして、名前・・・」

あ。そこで私は気づいた。
なんだかんだ言ってこの人、いい加減私の本名が知りたいのではないか。
「鈴木さん」と呼ぶわけにもいかず、かといって名前もわからずに、先ほどの会話でも「お前」とか「おぬし」とかでずーっと通っていたのだ。
改めて、名前を教えてくれ、ということか。そう思うと無性にこの目の前の女の人がかわいらしく見えて、はくすりと噴き出した。

です。私の名前」
「そうか、。また明日な」
「はい!えづら子さん!」
「上手くいかないことがあっても、泣くんじゃないぞ」
「頑張ります」
「その意気だ」

そう言って桂山さんは・・・・えづら子さんは手を振って去って行った。
なんだか後姿が長身も相まって凄く男前に見えた。
とりあえず、時々一人称が「俺」になるのと、同棲している金髪美女の「エリザベス」(妄想)が、とても気になるミステリアスなお姉さんだ・・・・と、はしみじみと思った。
“♪明〜日がある、明〜日がある、明〜日があーるーさ〜♪”
私とえづら子さんの会話を聞いていたのか、それとも独り言なのか、銀色のはねっ毛をした店員さんがやる気のなさそうにテーブルを拭きながら鼻歌を口ずさむ。
それは、会社で覚えなくてはならない仕事に追われへこんでいたへの応援歌のように聞こえた。
うん。明日からもまた、がんばろう。そう一人でうなずいて明日へ向かって駆け出せば、数歩も踏み出さぬうちにばふりと通行人にぶつかった。
うん、駆け出すのはいいけれどちゃんと前を見よう。うん。
あたた、と鼻を押さえるの目の前でぶつかった通行人がにやりと笑う。

「よぉ、こんなところで何してんですかィおねーさん」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!出たァァァァァ」

黒い隊服を着て刀を下げたその男、真選組の沖田総悟は、慌てて回れ右の明日へ駆け出したの腕を残酷な今から逃さんとがっしりわし掴む。

「出たとはなんでィ失礼な」
「やだぁぁぁぁ!助けてェェお巡りさぁぁん!!」
「残念、俺がお巡りさんでさァ」
「放してぇぇぇ!あの時見た映画のせいで私次の日本当に遅刻しかけたんだからァァァ!」
「チッ」
「チッってなんだぁぁぁぁ!!」

ぶんぶんとつかまれた方の手を離させようと縦に振りまくるがぜんぜん堪えた様子も見せずに、ミルクティー色の髪の男はにっこりとに笑いかける。
初対面で間違った道を教えられ、第二対面で突然映画館へ連れ込まれグロテスクな映画を見せられたこっちとしては、その笑顔は恐怖でしかない。

「来週はアンタんちでアレの「1」のDVD見ましょーぜぃ」
「絶対嫌だァァァ!!」
「エーしょうがねェな、じゃぁ今晩にすっか」
「話を聞いてぇぇぇぇ!」


すべてを終えて(何とか今日のところはお引き取り願って)家の玄関をくぐり、ばったりと布団に倒れこんだところで気づく。
・・・・あ、
なんか、こんなのに比べたら会社の仕事の大変さもへじゃないや。




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