働けOLさんシリーズ
〜優しいストーカーさん編〜



会社の中で風邪が流行っている。
いや誰かから聞いたわけじゃないけれど、何となく周りを見てそう感じた。
営業の加藤さんはマスクにいつもより重い瞼。事務の松本さんもマスクを着けて鼻をすすっている。大丈夫かなぁ。
もともと体は強いほうではないので、染らないか心配だ。ただでさえ最近任される仕事が増えててんてこ舞いなのだ。

そんなことを思っていると、本当にこっちの体までだるくなってきた。ちらりと時計を見る。あと30分。
風邪かもしれないし、そうじゃなくても疲れがたまってきてるんだなぁと思った。幸い今日は金曜日。明日明後日とお休みだから、お昼まで寝ていよう。どうせ遊ぶ友人もいなければ、出かける予定もないのだ。
ふわりと重くなる頭をぶんぶん振って、は目の前の仕事に集中した。


結局会社を出たのは18時過ぎ。先輩たちはこの後も仕事に追われているのかと思うと少々の罪悪感だってないわけではないが、デスク周りのごみの処理と先輩方のごみ箱を片づけて、は席を立った。
「お先に失礼します、お疲れ様でした!」
帰りの階段でうっかり足を滑らせそうになって、慌てて手すりにしがみついた。
パートのえづら子さんは出荷のお手伝いでいまだにせっせと働いている。彼女にもお先にですと声をかけ、は会社の外に出た。

今日は風が強いなあなんて思いながら車に乗り込む。黄砂で窓が真っ白になっていたので、すげー・・・とつぶやいて容赦なくワッシャー液で洗い流した。
なんか本格的にだるい。喉が渇いてて、おなかも減っているのに眠い。頭痛い。
それでも冷蔵庫が空なので、はいつものスーパーへと車を走らせた。今日は晩ご飯作るのは無理だ。お弁当にしよう。




適当にお弁当を買ってセルフレジに並ぶ。前まで住んでいたところではこんなのなかったから、はこのセルフレジが珍しい。
バーコードを読み取った時にさまざまな動物の鳴き声で合図を出してくれるのだそう。いろんな種類の動物のセルフレジが8台ほど並んでいて、それぞれが動物が違う。
初めてこのセルフレジを使った時に当たった動物は猫だった。バーコードを当てるたびに「にゃー」と鳴くもんだからかわいくてかわいくて。使ったことはないけれど隣のひよこレジでは「ぴよぴよ」と鳴いていた。
しかしながら先日の羊レジでは、めぇぇというかわいらしい鳴き声を期待していたのに、バーコードを当てた瞬間飛び出してきた吐き捨てるような「ベッッ!」という鳴き声には驚愕した。べぇぇと言っていたのかもしれないが不自然に途切れて「ベッッ」だった。まったくもって残念だ。

本日が当たったのは犬レジだった。
は犬が好きだ。携帯電話のメール受信音もデフォルトで入っていた犬の鳴き声だ。「ばうばうっ!ばうばうっ!」と、うるさいわけでもないが特徴的なそれはも気に入っている。
そんな「わんわんっ!」を期待してドキドキとバーコードを近づければ、「ガッッ!」という鳴き声が響き渡った。
・・・・・・・・・・・・・・。
「バウッ!」だったのかもしれないが、小さな音量でその上音割れまでしているものだから完全に「ガッッ」だ。なんてことだ。これからは猫さんレジとひよこさんレジしか使わない。

お弁当だけというさみしい一人会計を終わらせてレジをでれば、目の前のたこ焼き屋さんのカウンターから銀髪頭のお兄ちゃんがにゅっと顔を出す。
「ねーちゃんたい焼き買っていかねぇ?今タイムセールスで100円だよ」
「あ、じゃぁください」
なんだか唐突に甘いものが食べたかったので、カスタードクリームの入ったクリームたい焼きを一匹頂く。隣の100円均一中のミセスドーナツも気になったが今日はこっちだ。
温かくて甘いものは正義だと思う。いまだに頭痛は収まらなかったものの、ほくほくした気持ちでたい焼きをカバンの中に押し込みは外に出た。

外は既に日も沈みかけ薄暗くなっていく中、冷たい風が吹いていた。今日は風が強い。
日中はそれでも涼しかったが、こうして日が暮れてしまった後の風は寒い。すーっと冷えていく体に、くしゅん、とひとつくしゃみが出た。
体調ってこんな劇的に変化するものなんだ、と思うほど、一気に体が重くなる。ずぅんと頭が痛みを発し、それなのに眠くて仕方ない。
頑張れ、うちまであと少しじゃない。と体を叱咤して歩き出せば、案の定ぐらりと視界が傾いた。


・・・・そして、傾いたまま止まる。


アレ?倒れてもいないようだし、だからと言って力の抜けた体では立っていることもできていないはず。
ゆっくりと顔を上げれば、夕日に当たって金色に光る髪と、黒い隊服が見えた。自分を見下ろす男と目が合う。

「アンタ顔真っ青」
「・・う、えぇ?」

真っ青なのはきっとあなたの顔を見たからです。そんな文字の羅列が頭の中をシャーッと流れて行った。沖田総悟。さすがに覚えた。警察官でありながら神出鬼没なドSである。その神出鬼没さにはお前ストーカーか!と突っ込みを入れたくなることもしばしば。
町で見かけて道を教えてもらったのを始まりに(しかも教えられた道を進むとまったく違うところに出た)、次会った時には自宅を探り当てられていて、グロテスクな映画を無理やり一緒に見せられたり、その映画の前作をDVDで見せられたり、出かけるたびに出くわしてニヤリと歯を見せてせせら笑われたりと、この男に会うとろくなことがない。
彼の腕はの腹まで伸びており、それが倒れるのを支えてくれているようだった。

「う、あ、あの、放してください」

ただでさえ体調が悪いのだ。これ以上嫌がらせをされては本当に倒れる。恐る恐る申し出れば、男は少し考えた後「ホイ」と言ってパッと手を放した。
放せと言っておきながらどうせ放してくれないのだろうと油断していた体は重力に従って地面にダイブ。「いぎゃっ」と変な悲鳴を上げては地面とキスすることになった。
顔を上げて睨み付けようとすれどもすでにそこに男の姿はなく、の隣にしゃがんでカバンの中をごそごそ探っている。
・・・・ってちょっと待てぃ!

「ちょっとォォォなに人のカバン勝手にっ・・・・っ」

自分の上げた大声に頭がずきんっといたんだ。やばいだんだん気持ち悪くなってきた。言葉の途中でギュッと目をつむって頭を押さえたをちらりとも見ずに、黒服の男は「あーあくたくたじゃねーですかィ」と抑揚のない声でつぶやいた。
「なに、してんですか・・・」「鍵。送ってく」「イヤ結構で・・・ぅっ?!」
ぎゅうと目をつむったままそんな受け答えをしていれば、急にくらりと意識が揺れる。ふわふわとまるで宙にいるようだ。これは相当やばい。
そんなことを思いながらうっすら瞳を開ければ、本当に宙に浮いていた。沖田総悟に担がれて、悠々と駐車場を歩く。

「ちょ、おろしてください、恥ずかしい・・」
「確かアンタあっちの方に車停めてやしたよねェ」
「なんで知ってんのぉぉぉ?!」

後部座席に放り込まれて上からカバンと買い物袋を落とされる。ばたんとドアの閉まる音。許可もなしに運転席に乗り込んだ男を見て、はため息を吐いた。
送っていくって、私の家が分かるのか。・・なんて聞くまでもないこと。このストーカーはの家の住所までならずアパートの部屋番号までお見通しなのだ。
「うわっ、前狭ッ。こんなんで良く運転できんな」なんて声が聞こえてきて、ガチャンとシートの前後が調節される音。ちびで悪かったですねちびで・・・なんて考えは言葉にはならず、ブゥゥンというエンジンの振動と襲いくる睡魔の波にのまれて、思考のかなたに消えて行った。





目を覚ますと、窓から差し込む光がの顔を照らしていた。それにまぶしくて目を細める。見慣れた天井。ここは私の部屋だ。朝ということはあのまま完全に落ちてしまったのだろうか。
かけられたふとんを持ち上げて自分の体の様子をうかがう。着ていたはずのスーツは脱がされ、ルームウェアを着ている。自分で着たのか、はたまた・・・・恐ろしいから考えないでおこう。
ちらりと目をやれば、部屋の隅のポールスタンドにきちんとハンガーに掛けられた状態のスーツがぶら下がっていた。
ちょっと肌寒いけれど頭はすっきりと冴えわたっている。体もだるくはない。寝れば治ったというのは適当過ぎるかとは思ったものの、はホッと息を吐いて再び布団にもぐった。
今日は休みだ。昼くらいまでこうしてごろごろしていよう。

それにしても。は考える。
あの男・・・沖田総悟も、いつも困らわれてはいるがいい子じゃないか。昨日は本当に借りを作ってしまった。
今度会ったら例のたこ焼き屋さんでみたらし団子でもごちそうしてやるかなんて思いながら寝返りを打つ。


そこには、穏やかな寝息を立てて眠る、隊服(ベスト)姿のおまわりさんがいた。


・・・・・・・・。
し、知らない。私は何も、知らない。知らない・・・・。






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