はたはたと、江戸の青空を巨大な魚が泳ぐ。
総悟は毎年来るこの季節が嫌いだ。
やっとぬくく心地よい暖かさになってきた日差しはそのまま
とどまることを知らず一気に夏へと変わっていくし、
新年度に新しく配属されたヤツらはこぞって働きたくない病気に駆られるし、
・・ガキでもあるまいに、今年も屯所の上空には魚が泳いでいるし。
人通りの少ない奥庭、沓脱に腰をおろして息を吐く。
わいわいとにぎやかな空気が何だか苦しくて。
ふと気配がして視線をやれば、誰かが餌付けでもしているのだろう、住み着いた野良猫が数匹、にゃぉんと咽を鳴らしながら草むらから顔を出した。
一番手をとった黒猫が見事総悟の膝を陣取る。耳の付け根を撫でてやればぴくぴくとひげを震わせながら目を閉じた。
嫌い嫌い。
この季節は嫌いだ。
殺したいほど嫌いな奴がいて。
毎年ガキでもあるまいに、蔵の奥から布で出来た魚を引っ張り出してくるのは他でもないここの大将だ。
江戸中を泳ぐ布きれを見るたびに、その一つ一つがアイツを祝ってるような気がして嫌だった。
ふだんからガキ扱いしかしないくせに、その子供から子供の日を奪うアイツも、
子供の日すら、そのたもろもろも奪われる自分も、大嫌い。
膝の上の黒猫はごろごろとのどを鳴らしながらくるりと丸くなって寝る姿勢だ。
腰をおろしている隣では明るい茶色の虎猫が不満げににゃぁんと鳴いて、
仕方ないから総悟はそちらの頭もくしゃくしゃと撫でてやった。
しゅるんしゅるんとしっぽの先が動く。
この時期の総悟は大抵機嫌がよろしくない。
それは殺したいほどむかつく輩が年に一回、更にちやほやされるからに他ならない。
江戸の街中そこかしこにのぼるこいのぼりの一つ一つでさえ、奴を祝っているようで。
そんな時、いつも迎えに来るのは彼女の役割だった。
ちょんちょん、と背中をつつかれる。
『沖田さん、何やってるんですか』
皆待ってますよ、ホラ行きましょ。
同じ職場で働く同僚の娘。案外何でも話せる気の知れた友人。
「にゃぁん」
振り向けば、真っ白な猫が撫でろと言わんばかりに総悟の背中を引っ掻いていた。
気を引けば撫でてもらえるなんて思ってもらっちゃ大間違いだ。
ぐいーっと耳をつまんで引っ張ってやる。びっくりした白猫が頭を振って直ぐに手は離された。
(まぁ、来るわきゃねぇか)
ぼけー、と雲一つない5月の青空を眺めながら総悟は考える。
彼女は今頃ばたばたと忙しなく走り回っている頃だろう。
なんたって今日は特別な日。彼女のだいすきな男の誕生日なのだ。
早くくっつけとからかっていたのが、まさか本当にくっついちまうとはねェ。
「おきたさんっ」
後ろから呼びかけられて、総悟は振り向かなかった。
何度か呼びかけを無視すれば、呆れたように漏れる笑い声と、
「毎年毎年、飽きないですねぇ」
ゆらゆら心地よく頭をゆすられる。目を閉じて、ため息を吐いた。
気を引けば撫でてもらえるなんて、
思わせてもらちゃ、困る・・・んだけどねェ。
「毎年頭を悩ませてる土方さんの誕生日プレゼントは、決まりましたか」
「・・さっすがさん、俺が考えてることなんてお見通しですねィ」
「いつも死ね死ね言ってる割に沖田さんだって土方さんの事大好きなんだから」
「もっぺん言ったら(ピー―)からマヨネーズ一本注入の刑な」
「なにそのエグイ刑?!」
ちなみに去年はカスタードだった。おととしは練乳。
今年はホットケーキの焼く前の生地でも入れて渡してやろうか。
閉じていた目を開けば膝の上の黒猫が羨ましそうに見上げていた。
なんかいろいろとぐっちゃぐっちゃ(笑)