また、コレがきた。
ざわざわと落ち着きなく騒ぐ、周りの連中に。
毎度の事だろうにと、心の中で静かに悪態をつく。
「二日後の正午より、第34回壁外調査に出発する。明日一日は休暇を与えるので各自好きに過ごすといい」
いや、"毎度"と言う言葉が微妙に当てはまらないことは知っている。
壁外調査の前日の休暇。それが"毎度"であるのは兵団の中でも一部だ。ヘタしたら2回目の奴らより初めての奴らの方が多い始末。
壁の外に出るということは、今まで外敵から確実にその身を守ってきてくれていた壁の外に出るということは、
雪山で防寒具を脱ぎ捨てて外に出ることと似ている。例えでは決してなく、死ぬことと同義だ。
もしかしたら自分に残された最後かもしれない時間。
兵士たちが浮足立つのも、確かにしようがない事だった。
「リヴァイ兵長も、自宅に戻られるのですか?」
視線をそちらへやれば、自分より少しだけ低い位置から見上げる視線と目が合う。
肩にかかる程度のオレンジがかったブロンドが揺れる。名前を何と言ったか、たしか最近入団した娘だ。
「そうだな・・明日はゆっくりするとしよう」
「兵長も、その、・・ご家族の方に会いに?」
無意識に顔を傾けてしまったのが自分でも分かった。んん?
よくよく見れば目の前の娘は少々緊張した面持ちで、仄かに頬が赤らんでいる。
『人類最強』などと謳われている自分が昔は内都スラム街のゴロツキだったことは、案外知れ渡っている事実だと思っていたのだが。
英雄を語るには武勇伝と若干の侮蔑がつきものだ。そもそもリヴァイには血のつながった家族など一人も存在しない。
「でっ、でも、娘さんが、いるんでしょう・・?」
「はァ・・?」
どこから来た情報をどう解釈したのかは知らないが、
どうやら目の前の新人は、リヴァイについて何か勘違いをしているよう。
勘違いをしたうえで何故そんなことを訪ねてくるのかはわからないが、とにかく。
彼女の言っていることが何かの間違いであることを口にしようと口を開いたリヴァイの肩を、後ろからポンと叩く者がいた。
「・・エルヴィン」
「リヴァイ、君もこれから家に帰るんだろう。良ければ私も寄ってもかまわないか?」
「・・ああ」
「そうか、では荷物をまとめてくるよ」
「わかった。俺もすぐに向かう」
去ってゆく調査兵団の長を見送り、先ほどの続きをと娘に向き合えば、
ちょうど彼女の後ろからも彼女を呼ぶ声が飛んだところだった。
「オイ、ペトラ!」
「オメェさっさと行くぞ。お忙しい兵長殿の足止めしてんじゃねェよ」
「うっっるさいわね、あんたには関係ないでしょ」
「どうせかなわぬ夢なんだって」
「ああ!!今なんか言ったァ!?」
ヤレヤレと舌を出す男に、耳まで真っ赤にして怒る女。
長くなりそうだったので待つ気も起きず踵を返せば、慌てた娘が「兵長!」と声をあげた。
立ち止まって顔だけそちらに向ける。
「何か勘違いをしているようだが。俺に子供なんていない」
「えっ」
「どっから吹き込まれたのかは知らねェが、残念だったな」
それに、ガキは嫌いだ。
お前も早く帰ってクソして寝ろ。それだけ言い残して、ぽかんと立ちすくむ娘を背に向けて歩き出す。
彼女はもう追ってくることはなかった。
親もいなければ住む家だってなかった。エルヴィンに拾われ調査兵団に入団して、それなりの地位と生活を貰った。
小さいが住む家も与えられた。・・・と言っても、自分が使うことはほとんどないのだが。
「ケーッ、おれにゃァまだわかんねーな!あんな無愛想のドコがいいんだよ?オイ・・オイ、ペトラ?」
「・・・・・」
・・まだ・・私にも、望みがあるかもしれない・・・っ。
愛らしくほっぺを真っ赤にさせながらこぶしを握る同期の姿を眺めながら、
オルオ・ボザドは「ぷひゅー、」と、口に貯めていた空気を吐き出した。
「久しぶりだな、君の家に来るのも」
普段から最低限しか置いていない荷物をまとめて訓練所を後にする。
小さくため息を吐いたリヴァイに、並んで歩く上司は随分と楽しそうに口元をゆがめた。
「もともとアンタが寄こした家だろう。いちいち許可とらなくても勝手に来ればいい」
「そういう訳にはいかないよ」
「珍しく帰ってきたと思ったら君じゃなくて私ときたら、君の家のペットが拗ねるだろう」
くすくすと目を細めて大男が笑う。『血も涙もない』なんて言われる兵団の団長殿が、これはまあ。
「気持ち悪ィ」なんて呟きながら、リヴァイにも彼の言うその様子が想像に難しくなくて。彼も小さく息を吐いた。
・・・・・・。
「・・・なんだ、これは・・・」
持っていた"合鍵"を使って家の中に入る、
そこはすさまじいことになっていた。
分厚い本が散らかり放題の床。脱ぎ捨てられた衣類。山積みにされた未洗浄の食器。
そんなとっちらかった魔物の巣窟のような家の中で、
本に埋もれたソファーに仰向けに寝っころがっていた娘が、首だけ仰け反らせてこちらを向いた。
・・そう、この家のオリジナルの、現在のカギの持ち主。
「ふあー?帰ってきたんだー・・あ!エルヴィンじゃん!!久しぶり!」
「変わりはないかい」
「よかった!まだ死んでなかったんだね」
「コラ、縁起でもないこと言うんじゃない」
「お土産あるー?」
「そうだね、今王都では果物をミルクを泡立てたものと小麦を焼いた生地で巻いた食べ物が流行っているらしくて・・」
「うわぁ、何ソレ!おいしそう・・」
だんっっ、
エルヴィンに飛び付かんとしていた少女との間にリヴァイが割って入る。
大きな音を出して床を踏んだ彼に、瞳を輝かせていた少女は一瞬で真っ青になった。
・・・ようやく部屋の惨状とその惨状を一番見られてはいけない人物に目撃されてしまったことを知る。
「・・・おい、」
「・・・・は、・・あ、あの、おかえりなさぁ・・」
「・・な ん だ こ れ は・・・?」
「ひいいい!!」
どごしゃ!
とてもきれいな放物線を描いて床にたたきつけられた少女は、目を回しながら、
前転に失敗したようなポーズでもって足の間から涙目で飼い主を見上げるのであった。
「ああ、もしかしてオレンジの髪の彼女だろう?きっと私が落とした写真を見たんだな。届けてくれた」
「チッ・・やっぱりアンタか。そもそもオカシイだろう年齢的に」
大きく息を吐きながら、リヴァイはソファに背中を沈める。
指で挟んで隣に座るリヴァイに差し出すのは、一枚の写真。
そこにはエルヴィンとリヴァイ、そしてリヴァイの裾にしがみつく一人の小さな子供が映っていた。
「・・何年前の話だよ」
「君はこの頃からあまり外見も変わっていないからね、勘違いしてしまったんだろう」
「まぁ、今でもガキに変わりはないが・・」
ギロリと睨み付けられた娘が飛び上がって慌てて手を動かす。
散らかり放題だった魔窟はすっかり元の姿を取り戻し、残る山積みの洗い物をせっせと娘が片づけている。
脱ぎ捨ててあった衣類はベランダの干し竿でひらひらと泳ぎ、乱雑に積み上げられていた本たちはようやく戻れた本棚の中でホッとしているようだ。
「イヤ、見苦しいところを見せてすまなかったな」
「まさか私もこの階級になってまで床の雑巾がけとかやる日が来るとは思っていなかったがね」
「それは失礼した」
「リヴァイ・・洗い物終わった。何か淹れようと思うんだけど・・」
「エルヴィン」
「私はコーヒーがいいな。あるかい」
「うん」
微かに微笑んでぱたぱたとコンロへ向かう娘を眺めながら、エルヴィンは静かに写真の中の少女を見つめた。
「まさか、君が"壁の外"で人間の子供を拾ってくるとはね」
「あァ、あの時は俺もちょっとびっくりした」
5、6年ほど前の事だっただろうか。調査の方法が大体確立されてから何回目かの壁外遠征。
その時は軽い下見だけで次の日には街に戻る予定だったのだが。
壁の近くまで戻ってきたとき、突然リヴァイが隊列から離れたのだ。
『巨人1体、何でかは知らねーが・・・民間人、それもガキだ』
小型の巨人に追われているところを、すんでのところで救出されたその娘の母親は、結局見つからなかった。
「私は、その子を君が引き取ると言った時の方が驚いたけれどね」
「こんな家を散らかされるくらいならその辺に捨てときゃよかったな」
「・・・ひどい」
カチャ、目の前のテーブルに3つの湯気を立てたカップが置かれる。
しょんぼり耳を垂れ距離をとる娘に、リヴァイは息を吐く。伸ばした腕で彼女の腕を引っ張れば、バランスを崩した娘はおっと、とソファにもたれかかった。
その髪をわしゃわしゃと適当にかき回してやる。
「はァ・・悪かった。冗談だ怒るな」
「むぅ」
「土産を開けようか、」
「!」
うんっ!
勢い良く返事をして、お皿取ってくる!と再び台所へぱたぱた。
そんな娘を眺めながら、男二人は顔を見合わせてくすりとため息を漏らした。
「また本が増えてるな」
暗くなる前にと帰ってしまったエルヴィンの皿を片づけながら、はソファに腰かけるリヴァイをちらりと伺った。
男の片手に乗せられた本は厚みも重みもあり、何度も読んだのであろうページの折り目がくっきりとついている。
「む、無駄遣いはしてないもん。リヴァイが、お金は好きに使っていいって言うから・・・」
「別にかまわん。持ってても使わんしな」
ひらりと手首を返して表紙を見れば、『現代の医療学』と書かれた金の文字が大きく表示されていた。
「アホらしいから学校は行かないんじゃなかったのか」
「学校はね。いらない知識まで強制的に詰め込んでくるんだもん。『壁の神学』なんて聞いてらんないよ」
必要な事だけ勉強する。ソレだけ専門に教えてくれる場所があってね、入るのに試験があるんだって。
濡れた手をタオルで拭いて戻ってきた娘に、座っていた場所を少しずれてやれば、娘はリヴァイの隣にちょこんと腰をおろした。
しばらくうつむいたきり何も言わないので不思議に思っていれば、
ゆっくり視線を上げた娘がリヴァイを、見る。
「5年前、壁の外で、助けてくれてありがとう」
「・・・」
「ずっと私、お母さんと、はぐれたって言ってたけどね。本当は違うんだ」
「お父さんが、遠征の怪我で死んじゃって。食べるものに苦しくなって。遠征で門が開く時に、見送りに紛れて、・・外に」
「・・・・オイオイ・・どうした突然」
「・・・押し・・っ出され、たの・・」
思わずこぼれた涙を見せたくなくてうつむく娘の頭を抱きかかえ、自分の腹に押し付けてやる。
この娘がこんなことを話し出すのは初めてだった。
確かに、そうではないかとうすうす思っていたところはあったのだが。
連れ帰った壁の中で親探しが行われた時も、この子供は最初から期待などしていなかった。
「外だけじゃなくて、"壁の中"でも、リヴァイには助けてもらいっぱなしだ・・」
「・・・」
「だから私勉強して、たくさん勉強して、毎日本読んで、いっぱい努力して」
「壁の外でリヴァイやエルヴィンが怪我しても、死ぬ前に治してあげられるようになるね」
「・・・ああ、楽しみにしてる」
「うん。だからねぇリヴァイ。その学校の学費が結構するんだけどぉ・・立て替えてもらっちゃダメかな??」
「最初からそっち目当てかコノヤロー」
「いひゃーいよー。そのかわり、3年後を楽しみにしててねぇ。それまで死んじゃ駄目だよ?」
ほっぺたをつねられながら娘が笑う。
3年・・・それなら丁度今年の訓練兵団入団者が卒業するのと同じ年か。
今年は確か・・・104期だったか。2年前のシガンシナの件で入団者は少なかったと聞くが。
まぁ、何はともあれ。
「その入学試験に受からんことには何も始まらんがな」
「任せて、絶対受かってみせるっ」
そして翌月、言葉通り『兵団医療者育成学校』に入学したは、3年後首席で卒業した。
彼女が卒業した年に奇しくも超大型巨人が再び現れ、さっそく彼女は現場に駆り出されることになる。
人類が新たに出会った例外的な大きな力と、新しい仲間たちと。
そして大好きな飼い主に恩返しをするために。
彼女の物語はまだ始まったばかり。
おわり。
どもども。進撃サイトオープンおめでとうございます*^^*
初めてのジャンルで世界観とヒロインのポジション考えるのに苦労しました・・・一晩で完成させたがな!
原作沿いリヴァイ長編・・と見せかけた読みきりです(キリッ!
連載だったらきっと同年代のエレンたちと絡んだり、過去編でちびヒロインがへいちょに懐くまで・・てきな回想があったりして・・の涙あり笑いありの超大型長編になること間違いなしですね。期待してます!(え?
そして自分で書いてて猛烈にオルオ先輩に萌えてしまいましたwぷひゅー、てww
ではではこれからも応援しております!よろしくね!猫でした=*^ω^*=