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「おすわり!」 「ふせ!」 「まて!」 今日も目立った事件もなく、ここお江戸は平和だ。 「おて!」 「わうっ!」 「おおおーーー!いい子ヨ定春!」 その一角で少女のはしゃいだような声が響く。歌舞伎町に店を出す駄菓子屋なら知らぬ者はいない、 ピンク色の髪が揺れるその少女は、万事屋の神楽だ。 そして彼女に褒められてとっても嬉しそうに右手を差し出すのは、こちらもお江戸に住んでいるなら知らぬ者はいない、 武装警察真選組、若くしてその一番隊隊長を務める亜麻色の髪の男・・・・沖田総悟その人であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。 今日も目立った事件もなく、お江戸は平和「じゃねーだろこれェェェェェェエエエ!!!」 「ぶわははははははは!!いーい眺めアルなァ、真選組の犬っコロがァァ!おかわり!!」 「わんわんっ!」 「ギャハハハハハハハ!!なァ今どんな気持ちアルか?写メってやろーか、録画ってやろーか!!」 「もう、やめなよ神楽ちゃん・・ていうか笑い方汚いよ女の子なのに。ホラ銀さんからも何か言って、」 「だーッはっはっはァ!!もっとやってやれ神楽ァ!沖田君超ウケる!」 「・・・・・」 がるるるるる・・・・・!! 銀時の横では、彼の持つリードに引っ張られながら真っ白で巨大なもこもこが、 歯をむき出して恐ろしい呻り声を上げていた。 勘の鋭い読者様ならもう既にお気づきであろう。 そう、ただ今万事屋のチャイナ娘に向かって笑顔で左手を差し出している男は、実は真選組の沖田総悟ではないのだ!! 江戸には不思議がいっぱいなのである。何が起こってもおかしくもなんともないのである! そんなお江戸777不思議の謎のパワーによって、ひょんなことから真選組の隊長と万事屋の愛犬の中身が入れ替わってしまったのだ。 何故ほとんどかかわりのない二人(一人と一匹)が?とか、ひょんな事件ってなんだどんな事件だどんな、とかは触れてはいけない。実際それは今現在それほど問題ではないのだ。問題はただ一つ。 いい加減巨大な白いもこもこの怒りが、限界のゴールテープを今まさに両手を広げて切らんとしていることだ。 「ぐがぁぁぁぁぁあああ!!」 「おわッ!オイコラやめなさい定春ゥゥゥ」 「銀さんそれ定春じゃないです今沖田さんですぅぅ!」 「がうがうがうっ!!」 新八が危ないと思った時にはもう遅かった。もともと定春は体の大きさも相まって力が強い。 怒りのオーラを顕わにしながら銀時の持っていたリードを振りほどいて、真っ白な巨大犬はピンク色の髪の少女に牙をむいて襲い掛かった。 今の沖田総悟に人語は発せられないのは分かっているが、その殺気のこもった低い呻り声は明らかに「死ねェェェェえええ!!」である。 しかし、あわや神楽に届こうとしていたその鋭い爪と牙は、すんでのところで彼女に届くことはなかった。 彼女をかばうように後ろに引き寄せた『沖田総悟』が、その間に割って入ったのだ。 その顔は険しく、ぎりりと白犬を睨み付けている。「定春ゥ!」と神楽の声が響いた。 「手荒なマネはよしておくんなせえ」 ゆっくりと口を開いた『沖田総悟』に、その場にいた全員が驚愕に目を見開く。しゃ、しゃべった・・だと・・?! しかし・・・“彼”は本当に定春なのか。キリリと真剣な目つきで神楽をその背に隠し相手を睨み付けるその姿は。何よりその口調はまるで。 「大事な姐さんを傷つける奴は何人であろうと容赦しねぇ」 「神楽姐さんに牙をむく輩ァ、お天道様が許してもこのわし、イボ春が許さへんでぇえ!」 「なんでイボ春だァァァァアアアアアアア!!!」 「懐かしいなオイ!!」 「何言ってんですかぃ新八兄さん。アニメ第二期と言ったら、2年後編じゃァありやせんか」 新八兄さんやめろ!企画の趣旨をおさらいすんのもやめろ!Vシネテイストやめろ!! へッ、と指先で鼻の頭をこすりながら目を伏せる『沖田総悟』に、彼の背にかばわれた神楽はぼろぼろと熱い涙を流している。 「定春ぅぅ・・・!ぐすっ・・・オマエは、オマエはわしの一番の舎弟やでぇ・・・!」 なぜ彼女までVシネテイストなのか。 『沖田総悟』はそんな神楽に手を貸して立たせてやった後、改めて万事屋らに向き直った。 「万事屋の皆さん・・・わしゃァねェ、いつも良くしてくだすってるあんた方に、ずっと恩返しがしたいと思ってたんですぜぃ」 「定春・・・」 「こんな姿になれたのも何かの定め事」 「これからはわしも一緒に戦わせてくだせえ。万事屋の・・・・一員として・・!」 「さっ、定春ゥゥゥーーー!」 「わうわうわうわうっ!!」 オイオイオイオイ!! 微妙に感動的になりかけている空気の中、熱くなった目頭を押さえる銀時の横で白いもこもこが吠える。 イヤ違うだろ、なんか違うだろ。 「神様から頂いたこの体、一生姐さん方のために捧げますぜえええ!!」 「ぎゃんぎゃんぎゃん!!」 神様ってアホかァ!その体俺んのだから!やるなんて一言も言ってないからァァ!!! 必死に吠えれども今現在その場を支配している謎の熱いムードには無効。新八までもが眼鏡をずらし、その眼に浮かんだ涙をぬぐっている。今のどこに泣いたよ?! 「神楽姐さんはわしが守りやすぜぃ」なんて親指を立てながら神楽にどや顔を向けるその男を、自分の体ながら張り倒してやりたい。 ええいやめろやめろ。俺の体でこれ以上恥ずかしいことをすんな。なまじ口調が似通っているだけに! すると、それまで万事屋たちに笑いかけていた『沖田総悟』が突然はじかれたように振り返った。 「?定春?どうかしたアルか」 何事だと銀時たちも『沖田総悟』が振り向いた方向を見るが、特に変わったこともない。 しかし、『沖田総悟』は確かに何かの気配を察知したようで、道の向こうを一心に見つめ続けている。 かと思えば、突然駆け出した。 「オイ?!定春ゥゥー?!」 「どこ行くネ!」 脇目も振らず一心不乱に走って行った『沖田総悟』を、万事屋たちは頭に?を浮かべて見送った。いや、カッコは『沖田総悟』でも中身は定春なのだが。ん・・・?中身は定春・・・・? 『沖田総悟』の格好だからこそ今の行動は不自然に見えたのだが。『定春』のあのような行動は、見たことあるような・・・。 嫌な予感が全身を駆け巡りきる前に、『沖田総悟』の走って行った方向から「ふぎゃんッ」という間抜けな叫び声が聞こえてきた。 ・・・・ま さ か ! 『定春』の姿の総悟含め、万事屋たちは一斉に駆け出した。『沖田総悟』の向かった方向へ。 そして、つきあたりの道を曲がったところで目のあたりにした光景に思わず足を止める。 そこにあったのは、真選組の隊服を着た男が一人の娘にのしかかっている姿だった。 その娘というのは先ほど上がった叫び声からして見なくとも分る。真選組の雑用娘、だ。 この就職難の時代に田舎から上京したところを真選組に拾われて、隊士たちの掃除洗濯お茶出し買い出し等を一手に引き受ける雑用メイド。 むさい男ばかりの屯所に咲く一滴の癒し。局長近藤や副長土方にも十分すぎるほどかわいがられている、言わば屯所の猫だ。 説明させていただこう。 万事屋の愛犬は、屯所の猫がたいそう気に入っている。それはもう、街中で見かけたら毎回飛びついて押し倒すほどに。 そのたびにビビリのは叫び声を上げるのだ。毎度の事でほんの少しずつは慣れてきているとはいえ、毎回巨大な体積に押しつぶされてびっくりして泣き出してしまう。 それほど定春はのことが大好きなのだ。 毎回毎回、飛びついて押し倒して、全身を舐めまわすほどに。 「っぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」 哀れ。雑用娘の悲痛な悲鳴がこだました。 「・・・・うわァー・・・」 駆け付けた万事屋の面々は、控えめにドン引きの声をもらす。 沖田総悟には普段からろくな目にあわされた記憶がないが、それでも今回ばかりは「正直すまんかった」と同情の念を覚えた。 なんか、申し訳ない、なんか。 「ちょォォォオオオ!?なにぃぃぃいいい!!おき、沖田、さ、うぷ?!」 「姉さん姉さあぁん!だいすき!だいすき!だいすき!!愛してやずぜコノヤロー!」 「ええええええええええ?!!」 真昼間から道の真ん中で嫌がる年頃の娘を押し倒し、その上に馬乗りになって体中を舐めまわしている警察官の男。 ・・・・どっからどう見ても、盛りの付いた犬っコロである。 ずぅぅぅん。と地響き。何事かと銀時が視線をそちらへ向ければ。 彼の後ろで大きな白い犬が、泡を吹いてひっくり返っていた。 「定春ゥゥゥゥゥウウ!じゃなかった、沖田くぅぅぅぅぅうううんんん!!!」 「コラぁ定春ゥゥ!駄目ヨ!おすわり!」 「わあああ!銀さん!さんものびてますゥゥゥ!」 お江戸の街は今日も平和で騒がしい。 「・・・う・・むぅ・・?」 目を覚ましたは、夕暮れの江戸の道を『沖田総悟』に背負われて歩いていた。 をおんぶして歩くその手には買い出しの袋。目覚めたばかりの働かない頭でそれを眺めていれば、気づいた総悟が顔だけこちらに向ける。 「やぁっと目が覚めましたかィ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・。 「ぎゃぁぁぁぁああああああああ!!!」 気を失う前の記憶が一気にフラッシュバックしたは真っ赤になって真っ青になってじたばたともがく。 そうすれば、総悟は「あー・・・うっせ」と言ってぱっと手を放し、おかげではお尻から地面にぽてんと落下することになった。 「お、おきおきおきおき、おきた、さ・・!」 「あんだよ何か文句でもあんのかィ!」 「えぇぇぇ、何でそんなに怒ってるんですかぁぁ!?」 まったく今日はひどい目にあった! 真選組沖田総悟ははァッ、と大きくため息を吐いた。 結局戻れたからいいものの、万事屋の犬と体が入れ替わりチャイナ娘に蹂躙されるわ体を好き勝手させられるわで踏んだり蹴ったりだ。 しかもコイツに。 いじればいじっただけ面白い反応が返ってくるお気に入りの玩具であるこの娘に抱き着いて押し倒していっぱいちゅーして、あげく「すきすき!だいすき!」だなんて・・・・しかもそんな気持ち悪い自分をはたからばっちり見ることになろうとは。なんて拷問?なんていやがらせ?なんてプレイ? イライラしながらも簡単な事情を話せば、は納得したように手を打った。「で、デスヨネー」デスヨネーってなんだ。 「たく、いつまでンなトコに座り込んでんでィ、うっとおしい」 本来なら自分が命じる方が好みなのに。お座りだの伏せだの好き勝手俺の体で遊びやがってもうほんと一回底なしマヨネーズの沼に飲まれろあのチャイナ娘がァァァ。 そこでちらりと雑用娘を見て、ひらめく。この娘なら、優秀な自分の玩具であるならこのイライラも少しは治めてくれるだろうか。 「ホレ、早く立ってくだせェ。行きましょう」そう言って、総悟はいまだ地面にへたり込んだままのに右手を差し出した。 あわわ、すみません。との手が総悟の手に触れる直前に、一言付け加える。 「お手」 ぽむ。 「・・・・・・・・・・」 おやまぁこの姉さんは。まったくもって期待を裏切らない。 娘の頬が、怒りと羞恥から夕日に負けず劣らず真っ赤になる。おもしれー。 「いい子でさァ、子猫ちゃん」 上手い具合に掛け声とともに「お手」をすることになってしまったが不満げににらみあげてくるのを満足そうに見やりながら、総悟は口元をゆるませた。 ちなみにかぶき町の万事屋さんはしばらく自主休業だったそーな。 |