じゃらり、金属がこすれる重苦しい音が部屋の中に響いた。
TVの中ではバラエティ番組の司会者が、ゲストに激しいツッコミを浴びせかけていてそれに観客がどっと起こした笑いが騒がしく流れている。
と、そのざわめきが一瞬にして消える。
と言っても大したことではない。単にTVの電源が落とされただけだ。
一転静まり返った部屋の中にかちゃ、かちゃとガラスが軽く擦れる音が鳴り、それと連動して先ほどの金属のジャラジャラという音も忙しなく響いた。
「・・・・まだ」
「もう出来た」
「待ちくたびれやした」
「ジャンプ読んでた人がよく言うわ。今週のまだ私も読んでないのに」
カーペットの上に横たわっていた体がひょいと持ち上げられる。ぱさ、と揺れた薄茶色の髪は、今の今まで寝ころんでいたせいでわずかに跳ねていた。
持ってきたお盆をローテーブルの上に置き、無造作に放られた黒いジャケットと白いスカーフを拾い上げてコートハンガーにかけてやる。
そうすれば、またじゃらり、と金属のこすれる音が鳴った。
「『おすわり』」
「っきゃ」
突然首元が引っ張られて、バランスを崩した体が床に引き倒される。
「痛い」と鎖を引っ張った本人を睨み付ければ、気にした様子もなく周防色の瞳がテーブルの上へとそらされた。
「今日のデザートはコーヒーゼリーですかィ、こっちのは?」
「紅茶のクッキー。今日友達の家お邪魔したらくれたんだ」
「ふぅん」
「あのさ、総悟」
「何ですかィ、」
いい加減動きづらいからコレ、とらない?
そう言ってつまみ上げたのは首に巻かれた皮の首輪から延びた細い鎖。なんでそんなもの首に巻いているかって?そりゃあんた、彼氏の趣味だからだ。
「エー・・・」
「きゅっ、・・・くるし、ぃ」
根元に持ち替えた手をくんっと上に引っ張られて軽く首が締まる。
「ありゃ」と言って薄茶色の髪の男・・・真選組の沖田総悟は、手に込めていた力を少しだけゆるめた。
カッターシャツにベスト姿の袖は肘の上までたくし上げられていて、胸元のボタンも2つばかし外してある。
わずかに傾げた首筋に、さらりとさわり心地のよさそうな髪がこぼれた。
「ちょっと強すぎやしたかね」
「ちょっとじゃないよ、普通に締まったよ、きゅっと」
「もっか」
「嫌だから」
「じゃァ俺もイヤでィ」
「何が?」
「コレ。外すの」
「・・・・」
相変わらず口の減らないドSめ、と思ったが、口には出さずにじと目で睨み付けるに留めておく。
それすらもスルーして、総悟は机の上に載ったクッキーを一枚つまみあげ、目の前にぶら下げた。
口を開けという意味だろうか、そう思って口を開けたらぺちんとでこぴんされる。
「『待て』」
「なんなの」
「まだヨシって言ってねェだろィ。まったくこれだからすぐがっつく女ってなァ・・・」
「なんか違う意味にとれるし私がいつがっつきましたか。なんかもうイヤ、勝手にして」
「お手」
「聞けよ」
正坐した自分の目の前に差し出された手に自分の手を乗せようか乗せまいか悩む。
聞いてこちらに致命的なデメリットがあるようなわがままではないが、素直に従うのもどーいうもんか。
そんなことを考えていればくいくいと首輪を引っ張ってせかされた。先ほどと違い引っ張られても体がぐらつくまでもいかない、ごく軽い力加減。
大きくため息を吐いてその手に自分の掌を重ねれば、目の前の男は(はたから見たら気づかないほどだが)わずかに目を細めた。
「ヨシヨシ、いい子でさぁ、んむ」
「あんたが食べるんかい」
「なかなかうめぇな。今度アンタも作ってくだせェよ」
もふもふと口を動かし、ご褒美(のはずだった)クッキーをごくんと飲み込んだ総悟は、ぺろりと自分の口元についたかけらを舐めとる。
あきれ果てた表情で眺めていれば、総悟はもう一枚クッキーをつまみあげ目の前に見せびらかしながら、「伏せ」と言った。
言いながらぱくりとそのクッキーを頬張る。
「イヤ待て」
「マテは俺が言う方ですぜ。なんですかィ」
「もうどう突っ込めばいいのやら。とりあえず私は何のために伏せればいいんデスカ」
「それは伏せてみてのお楽しみでィ。ホレ、『伏せ』」
ぐぅぅー・・と下側に強く首から延びた鎖を引っ張られながら、それでも何とか両手で踏ん張って伏せるのを耐える。
この男の理不尽には慣れっこだが、慣れたからと言って何もかも従順になってやる言われはまったくもってない。
「言うこと聞きなせーよ、この首輪つけてる間は鎖を持ってるやつに絶対服従ですぜ」
「そんなルール知らんわ」
「あんま俺に力入れさせると、アンタの首が折れちまう」
「じゃあ外してよコレ・・・・うっ、ぐふぅ」
突如強い力で引き下ろされた反動で、私の体は総悟の体の前に頭から伏せられた。
今のは完全に締まった。折れちまうとか言ってたのはどこの誰だ。
不機嫌な目を向ける暇もなく、ぐいと上から頭を押さえつけられ「マテ」と言われる。
「・・・・・・」
「・・・・・ヨシ」
「・・・・・・」
「歯ァ立てねーなら、食っていいですぜィ」
「いらん!」
目の前で外されたベルトに、はん!と吐き捨てて伏せたまま頭を横に向ける。最悪だ。最悪だこの男。
ここで自分が待たされたご褒美に喜んで飛びつく子犬のような行動をとるとでも思っていたのだろうか。思っていたのならそれはそれでものすごくウザい。
「何でィ、いつもうまそーに咥えてるくせに」
総悟のその一言で、私の中の何かが盛大な音を立てて切れた。
いつも?うまそーに???
ふるふると震えながら男を見上げれば、つまらなそうに見下げる総悟と目があった。「どうしやしたか」どうしやしたかじゃねえ。
「はなして」
そう言っても大人しく手をどかすような男ではないことは分かっている。
しかしそう言ったまま何も言わずしばらく待って入れば、何かを諦めたように頭を押さえつけていた手がよけられた。
いつもうまそーに咥えてるねえ?この男にはそう見えていたということだろうか?
いつもうまそーに。
ほういつもうまそーにとな。
へええいつもうまそーに!
この男はドSだ。それはもちろん性的な面でもサディスティックな趣向を発揮する。
ようは相手を苦しませたい、痛がらせたい、嫌がらせたい。そんな顔を見たいのだ。それに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。
キモチイイセックスなどさせてもらった覚えなどない。そりゃそーだ。この男は私が感じている顔よりも痛がって苦しむ顔に興奮するのだから。いやまぁそれはいいのだ。
いいのかよ、とツッコミがきそうだが、いいのだ、別に。
多少痛かろうがそれで総悟がドキドキしてくれるのなら、Mじゃなくても一応この男に惚れてしまっている私はドキドキできる。しかしそうだとしても今の言葉はいただけない。
彼女に我慢させていることに気づかないどころか、いつもうまそーにとは。
許可も取らずに手荒く首輪を外すと、ぺいっと総悟の横に投げつけた。
「・・なんでぃ急に」
「いつもうまそーに、に腹が立った」
「あらら違いやしたか。いつも気持ちよさそーに、の方が、よかっ」
「気持ちいいのは総悟だけでしょ」
「・・・・・・・、へぇ、」
あれ、もしかして、やばいこと言った。
総悟が静かに呟くまでにあった十分な間のうちに、自分がとんでもないことを言ってしまったと自覚できた私はしまったと口を押えた。
今のはなんか、あり得ないくらいまずかっただろう。特殊な性癖どころか男の威厳そのものを奪ってしまうようなこと。
先ほどの私のように、総悟は持っていた鎖をぺいっと私の横に投げつけた。
「・・・やっぱりそーだったか」
「え?」
「きもちーのは俺だけねェ、グサッときましたぜェ」
「いや、総悟、あのね」
やっぱり?なんて思っていると、おもむろに伸びてきた総悟の手が私の手をつかむ。
びくりと反射的に身をこわばらせるが、総悟はお構いなしに私の手に無理やり固いものを握らせた。
じゃら。
それは、先ほど総悟が放った鎖で。
「・・・・え?」
「惚れた女も満足させてやれないようじゃ、俺もまだまだマダオでさァ」
「イヤ何してんの?!・・えっ、惚れ・・?」
「あ、今のは別に洒落とかじゃなくてですねィ」
「や、そこはどうでもいいんだけどね?!」
今この状況は幻想だろうか。ここは幻想郷だろうか。
目の前には真っ赤な革の首輪をその首に巻いた彼氏の姿。
「だから、今日は反対」
「はい?イヤ何この超展開?」
ぐあんっ、と重力が変な方向からかかって、総悟に押し倒されたのだと知る。
「俺が首輪をはめていて、アンタが鎖を持っている。今の俺ぁアンタに絶対服従ですぜ」
「え、ワケがわからな、ひゃっ!」
覆いかぶさってきた大きな体に全身押しつぶされ、肩口にうずめられた薄茶色の頭に首元をべろりと舐められた。
いつもの展開・・・この場合、次の瞬間強くかみつかれるのだが・・・それを予想して身構えた体に、思ったような痛みは襲ってこない。
歯は立てずに舐めるだけ。いつもの痛みに慣れているせいか、すごくくすぐったい。
伸びてきた手が来ていたブラウスに伸びて、一つ一つボタンをはずしていく。その間にも総悟の舌は耳元に這い進んで行って、はむ、と唇だけで耳たぶをはんだ。
ブラがたくし上げられ、開かれたブラウスの間に薄茶色の頭がうずめられる。ぺろりと先端の突起を舐められて、体を固くした私は無意識に声を発していた。
「ま、・・てっ」
ぴたり。
いつもならお構いなしに噛みついてくるソレがぱたと止まる。直前で停止した総悟の口からぽたりと一滴唾液が落ちて、私の胸の上に落ちた。
普段と違う、吐きだされたと息がすぐそばの肌に当たって、くすぐったい。
動きのとまった体の下からあわてて抜け出せば、持っていた鎖がぐんと引っ張られて総悟がわずかにバランスを崩した。流石、そのまま倒れるなんてことはなかったけれど。
「ご、ごめんね、首、締まって・・」
「別にかまいやせん」
「ちょ、ちょっときつく締めすぎじゃない・・?」
「そうですかぃ?」
『おすわり』と命じて正坐させた総悟の前に座り、締められていた首輪を一段階ゆるくしてやる。はふ、と息が漏れる音が聞こえて、やっぱり苦しかったのか・・・と心の中で思った。
首輪のベルトの部分を金具に通していると、それまでその様子をじーっと見ていた総悟の手が不意に後頭部をつかむ。
「・・っ?!げふ!!」
突如唇を重ねてきた男に持っていた鎖を思いっきり引っ張れば、軽く詰まった喉に総悟がけほけほとむせる。
「『待て』。まったく油断も隙もない・・・」
「・・・今まで知りやせんでしたがアンタ、Sだったんだな・・・」
「はぁ?」
「随分と楽しそーで・・」
「『伏せ』」
大人しくうつぶせになった総悟に「マテ」と言い残して台所に向かう。
残りの洗い物を片づけていると、カウンターの向こうの居間から総悟の声がした。ちらりと伺えば律儀にちゃんとまだ伏せをしている。ちょっと面白い。
「・・・あんたぁそこらの雌豚とは違ぇ、俺ら恋人同士でさァ。対等な立場で行きましょうぜィ」
「いつも有無を言わさず組み敷いて、それで今は絶対服従の鎖を持たせてるくせに何が対等よ」
「・・違いまさぁ」
伏せしているのが面倒くさくなったのか、総悟はごろんと仰向きに横になる。
「どっちも気持ちよくなるために、お互いを調教し合っていきましょうって事でィ」
「じゃぁ、今度から言うこと聞かなかったら私もお仕置きすることにする」
そんなことを言えば、総悟は「あんたのお仕置きかァ、興味ありますねィ」なんて言って笑った。
はい、お疲れ様でした。
ちゃんとしたば・・・・・・・・・・・・・・・・・うーん・・・・・。(頭を抱える感じ)