※猫様のサイトの【屯所の猫】シリーズ設定です。
※ヒロインはひょんな理由から屯所で暮らしています。
※沖田がヒロインを「姉さん」と呼んでいますが愛称の一つで、血の繋がりはありません。
賑やかなかぶき町の大通りから外れた人気のない路地裏にその店はあった。
<よろずや>と古ぼけた木製看板が掲げられたそこは、どこぞの天然パーマが経営する<万事屋>とは別物である。
此処は、法に触れるか触れないかギリギリの商品をも扱う危険な、しかしマニア垂涎の掘り出し物も見つかる、知る人ぞ知る“なんでも屋”だった。
建物は洋風―――失礼。天人風の小さな造り。
江戸の町には不釣り合いなその様が、棚に並べられた謎の物品たちと相乗して、店の怪しさをより強調していた。
加えて店長も、火山が噴火したようなドレッドヘアの髪、部屋の中なのにサングラスといった胡散臭い姿をした男で、何も知らずに入ってしまった者は大抵黙って扉を閉めて去って行く。
しかし、“彼”の場合は違った。
キィと木造の扉を開ければ、カランカランと上部に取り付けた鐘が鳴る。
音に導かれるようにこちらへ視線を投げた店長に、“彼”は少しも怯む事なく、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま店の中に足を踏み入れた。
そして、店長も客が“彼”だと分かると目を大きく開いて口元を緩めた。
「アイヤー沖田さんネー」
どこかの万事屋のチャイナ娘にも似た口調の店長に、“彼”―――沖田総悟は一瞬だけピクッと片眉を上げ「おう」と軽く応えた。
「今日は何か良いもん入ってやすかィ?」
「アルヨアルヨー沖田さんにピタリの品ネー」
「チョト待ててネー」と慣れた調子で窓際の棚へと向かっていく店長の背中を、沖田は何と言うわけもではないが目で追った。
そう、2人の会話からお察しのように、沖田は<よろずや>の常連だった。
理由は単純明快。
ドSで悪戯好きな沖田にとって、店の商品はまさにうってつけの物ばかりだからだ。
例えば店長が立っている棚の右隣りの棚に並べられた、鞭や猿轡、電子ロック式の首輪等がいい例だ。…もちろんこんな物まだまだ序の口であるが。
「沖田さんコレコレ」
沖田がぼんやり辺りを見渡していると、店長が嬉々とした表情で戻って来る。
大事そうに胸の前で、両手で握り締めながら運ばれてきたそれは、桃色の液体の入った小瓶であった。
その色や形状から沖田は一瞬でそれが何であるか察した。
「もしかして…“媚薬”ですかィ?」
「当たりネー流石沖田さんするどいヨー」
わざとらしく褒め称える店長に多少イラッとしつつ、沖田は首を横に振った。
意外な沖田の反応に店長が首を傾げれば、沖田は肩を落とした。
「残念ですがねィ、俺と姉さんは“まだ”そういう関係じゃねぇんでさァ」
そういう関係になったら良いのか、というツッコミはしないでおく。
何にせよ“媚薬”といえば夜のお薬。
主従関係は築いていても、恋人同士でも何でもない相手に使っては流石に冗談では済まされない。…むしろ自分が耐えられない自信がある。
そう考えた沖田は押し付けられた小瓶を店長に返した。
すると店長は一瞬キョトンと目を点にした後、胸を仰け反らせて笑った。
「沖田さん勘違いネーこれは、媚薬は媚薬でも“惚れ薬”の方ヨー」
「…ほれぐすり?」
「そうヨーしかも飲んだらたちどころに目の前にいる相手に惚れてしまう即効性な代物ヨー」
更に店長の説明によれば、この惚れ薬は半日限りの効果らしく、時間が経過すれば自然に元に戻ってしまうらしい。
沖田は再び手渡された小瓶をしげしげと見つめた。
「へぇそいつは」
実に面白そうだ―――沖田は悪代官もビックリな黒い笑みを浮かべた。
小瓶の中の液体がゆらりと怪しげに揺らいだ。
薬に頼るな。己を磨け。
実に爽やかな朝である。
小鳥の囀りも時折吹く穏やかな風も、道場に響く男たちの汗臭そうな掛け声も土方の「山崎イイイイ!ミントンやってんじゃねぇえええ!」という怒声も山崎の悲鳴も、今日という日を迎えられた沖田を祝福しているようにさえ思えた。
もちろん周囲は、しれっとポーカーフェイスで素振りをする沖田が、まさか心の中では陽気に小躍りしているなんて気付く筈もなかった。
否、むしろ気付かれてはいけないから沖田にとっては丁度良い。
朝稽古が終わり食堂へ向かう隊士達の最後尾について歩きながら、沖田はこっそりと腹黒い笑みを浮かべた。
そして道着の袂の上から、隠し入れた昨日入手した“小瓶”にそっと触れた。
彼の脳裏に映るのは、頬を染め後ろ手に身体をモジモジさせながら恥ずかしそうに自分の名を呼ぶの姿。
(これさえ飲ませれば従順になった姉さんにあんな事やこんな事をさせる事も…!あぁ楽しみ、楽しみ!すっげぇ楽しみ!)
あくまで表面上は平静を装いつつ、沖田は胸を高鳴らせていた。
しかし、世の中には気付かない者もいればその逆もいるものである。
なんだかんだと付き合いの長い土方や、役職故か人の変化に敏感な山崎は、沖田の背中を訝しげに見つめていた。
「…なんだ総悟の奴。今朝は気持ち悪ぃくらいに大人しいな」
「いつもだったら副長に一発二発、バズーカでも飛ばしてる筈なんですけどね」
普段、「お前“上司”って意味辞書で引いてごらん?」てな程に土方を邪険にし、土方に悪態をつき、土方を抹殺しにかかる沖田が、今朝はまだ一度も土方に食って掛かってきていないのである。
もちろん土方と山崎は、構ってほしいわけでも、それに巻き込まれたいわけでもない。
平和なら平和でそれに越した事はない。しかし相手にもよる。特に沖田の場合はなおさら。
何故なら沖田が静かな場合と言えば、姉のミツバが傍にいる時、本気で落ち込んでいる時、そして―――何か良からぬ事を企んでいる時だからだ。
「…なあ、山崎。お前見えるか、アレ」
「…って言う事は副長にも見えているんですね、アレ」
一側の口角をぴくぴくと引き攣らせる2人の目に映るのは、沖田の身体の周りに漂う邪悪なオーラ。
現実的にはありえない現象だが、幻覚でも何でも見えてしまうのだから仕方がない。
土方も山崎も認めたくはないが、今回は“第3の場合”の可能性が濃厚だと確信した。
沖田は何かを仕出かそうとしている。それもこれから…おそらく朝食の場で。
そして、ターゲットは十中八九―――
「―――皆さん、おはようございます。朝からご苦労様です」
“泣く子も黙る武装警察真選組”の名には似つかわしい柔らかな女の声が、朝稽古で疲労した隊士達を癒すかのように優しく響いた。
「ちゃんおはよう。今日の朝飯なんだった?もう腹減っちゃってさぁ」
「今日はご飯とワカメとなめこの味噌汁、鮭に納豆、ひじきに切り干し大根でしたよ。私も少しだけお手伝いしてきました」
「お、まじで!?俺絶対おかわりする!」
「現金な奴だなお前」
わははは、と隊士達の笑い声が屯所内に響き、先程まで気だるげだった空気が一転、花が咲いたように明るくなった。
それもこれも真選組の紅一点―――ひょんな理由から屯所で暮らす事になった猫―――の、人を包み込むような穏やかな雰囲気のおかげであろう。
土方や山崎も、彼女の笑顔を目にするなりほわっと心に温かいものを感じた。
しかし、それも一瞬だけ。
次の瞬間にはゾクリと背筋を凍らせ、恐る恐る視線をから沖田に移した。
沖田は隊士達に笑顔を振りまくをじっと見つめ、ふっと悪魔の笑みを浮かべた。
((コイツ絶対(ちゃん)に何かしようとしている…っ!))
土方と山崎の心にピシャーンと衝撃の雷が落ちる。
間違いない。
沖田は自分の大事な大事な“玩具”を、文字通り玩具にして遊ぼうとしている。
実際何をしようとしているのかは分からないが、いつも以上に良からぬ事であるのは想像がつく。
土方と沖田はその場に立ち尽くしたまま、互いを横目で見合った。
「…オイ、山崎。お前止めて来い」
「でえええ!?お、沖田隊長を止めるなんて無理ですよ!ふ、副長が行くべきでしょう!?」
「…」
それは嫌だ。せっかく今日は平和なのに。
わざわざ自ら首を突っ込んで恨みを買うなんて嫌だ。
たまにはゆっくりしたい。
無言になった土方の気持ちを代弁するならこんなかんじだった。
「っ、いいからつべこべ言わずに行けっつてんだよ!何の為の山崎だ?あぁ!?」
「な、何の為って…そんなの俺も知りたいですよ…」
毎度のことながら職権乱用で理不尽に凄まれ、山崎は蒼褪めた。
と、そうこうしている内に、いよいよ沖田がに近付き声を掛けた。
何も知らないは沖田に向き直ると「おはようございます」と愛らしい笑顔を見せた。
((―――駄目だ!!あの笑顔を壊してはいけない!!))
(一方的に)言い争っていた土方と山崎が、結託した瞬間だった。
敵は此処にあらず。敵は本能寺にあり―――くらいの覚悟を決め、2人は可愛い猫を救う為に大魔王の元へと走った。がしかし。
「おはようございやす、姉さん」
「朝稽古お疲れ様です、沖田さん」
「あれ?」と土方と山崎は勢いを失い立ち止まった。
「姉さんもたまには一緒に食べやしょう」
「え、いや、でもまずは隊士の皆さんが食べ終わるのを待たなくては」
「…俺の言う事が聞けないんで?」
「い、いいえ!わ、分かりました!食べます!食べます!」
すっと鋭く目を細める沖田に、はビクッと肩を揺らし何度も首を縦に振った。
しかし、これくらいのやりとり日常茶飯事である。
食堂へと入って行く2人を呆然と見つめながら、土方は眉を顰め、山崎は首を傾げた。
「…いつも通りじゃねぇか」
「はい。い、いつも通りでしたね…」
自分達の思い過ごしだったのだろうか。
もしかして、今日はと一緒に朝食をとりたかっただけで、ただそれを朝から楽しみにしていたのかもしれない。…いや、それはないか。そんなガキみたいな事で満足する沖田ではない。…いや、でも意外とそんなものなのかも。いや、だけどあの沖田が?まさか。いや。でも。やっぱり―――
と、土方は一通り思考を巡らせる。しかし考えた所で分かる事ではない。
遂にはだんだんどうでもよくなってきて「やめだやめだ!」と面倒臭そうに頭をガリガリ掻いた。
「今更心配した所で、どうせいつも何やかんやどうにかなってるじゃねぇか」
「何やかんやって…そんな適当な」
「多少総悟が悪戯しようが、大抵はアイツもうまく乗り切っているだろう。助けの手が必要ならその時貸してやりゃぁいい」
「まあそうなんですけども」
しかし山崎も土方の意見に賛成だった。
今此処で自分達が右往左往して、重大な場面で動けなくなってしまっては意味がない。
まだ何も起こってない段階でオロオロするのではなく、大切な親友のピンチになったら颯爽と駆けつけてあげれば良い、と考えた。
「そうと決まれば飯食うぞ」
「そうですね。なんだか急にお腹が空いてきました」
朝から余計な気力を使ってしまったと後悔しながら土方と山崎も食堂に足を踏み入れた。そして―――
「愛しています、総悟さん」
―――入るなり見えた光景と、耳に届いた言葉に思考回路が途切れる。
土方と山崎はくるりと背を向け、一旦食堂の外へと出た。
「オイ…山崎」
「な、なんでしょう?」
「…お前、見たか?聞こえたか?」
土方の煙草を持つ手がプルプルと震えていた。
「み…いえ、よ、よく見えませんでした。何も聞こえませんでした?」
山崎の顔からは大量の汗が流れていた。
「ふ、副長、いっせーのーせで突入しましょう。2人で入れば怖くありません」
「わ、分かった。いっせーのーせの“せ”で入るんだな」
「はい、“せ”で入りましょう」
「ちょっと待て。中に入るのは“せ”の言い始めか?それとも“せ”の息が切れた瞬間か?」
「細けぇよ!…い、いえ。あの、もう何でもいいんで入りましょう」
2人は互いに視線を合わせた。ほぼ同じタイミングで、すっと息を吸う。
「「いっせーの―――せ!」」
同時に2人は食堂へ再び足を踏み入れた。
「さっきのは夢だ。夢であってくれお願いします100円あげるから」と言わんばかりに目を血走らせながら。
だが、2人の祈りは虚しく散った。
「こんな所で恥ずかしいメス豚だぜィ」
「でも…私はただ本当の事を言っただけです」
「ふーん」
「ああ!ごめんなさい、総悟さん!だからそんな冷たい目でみないでください!ドキドキしちゃいます!」
土方と山崎の目に映るのは、沖田との姿だった。
ただし、沖田は、蔑むような目と怪しげに弧を描く唇を顔に浮かべて、の顎を持ち上げている。
は、そんな沖田に対して恋する乙女のように頬を染め、いつも以上に…むしろ自ら従順な態度をとっている。
土方は手にしていた煙草をぽとりと地面に落とした。
山崎は白目をむいてごふっと血を吐いた。
「ほら見ろ。欲求不満な男共がお前を見て興奮してやがるぜィ」
「そんな…っ!私の全てを見てもらいたいのは…総悟さんだけなのに…っ!」
どゆことおおおおお!?
NEXT⇒(2011/09/12)