夕暮れ時の万事屋。
銀時はふらふらとパチンコに行ってしまい、神楽は定春を連れて散歩に出かけてしまったので、新八は一人夕食の支度をしていた。
ふと物音がして振り返れば、眼の下にクマを作った水色のチャイナ服の少女が、恐る恐るこちらを見ていた。
「ちゃん。どうしたの?」
「・・・・・・・」
そんな風に問えば、・・まぁ口頭での答えは期待していなかったのだが、はてとてとと新八の近くまでやってきて、支度中の料理と新八を交互に見る。
そして、新八の手元と自分とを交互に指差した。
前にも説明したとおり、彼女は言葉を決して発しない。
最近神楽がやっとぽつぽつとしゃべることに成功したらしいが、自分はまだまだ先の事になるだろう。
ずっと先でも構わないから、いつかは声を聞かせてほしいとも思うし。
「もしかして、手伝ってくれるの?」
そう聞けば、はこくりと頷いた。
これには新八も多少は驚いた。なんせから新八にアクションをしかけてくるなんてめったにないことだし、手伝いたいなんて初めてだったのだ。
少しずつ、少しずつでも、この子・・まぁ歳的には自分と変わらないだろうが、この娘が心を開いてくれている気がして、新八は嬉しくてたまらなくなった。
「じゃぁ、お願いしようかな。お米といでくれる?」
炊飯ジャーに米と水を入れて、ガシガシと混ぜるだけ。これなら手伝いなんてしたことないこの娘にだってできるはず。
自分の仕事を減らすよりも、と一緒に作業をすることの方が重要である気がして、新八は軽く見本を見せ、を見守った。
案の定というか力加減が分からずごしごしととぐたびに米が飛ぶ。
「こぼしちゃだめだよ」と言うと、逆に恐る恐る、弱弱しい手つきで慎重にかき回し始めた。
新八はくすくすと優しく微笑み、怒るでもなくそれをずっと見ていた。
夕飯の支度も大体終わり、後はお米が炊けるのを待つのみ。そして銀時と神楽が帰ってくるのを待つのみ、となった。
居間のソファに座るに、新八は冷えた麦茶を持って来てやった。
「ありがとう、手伝ってくれて」
そう言えばはぶんぶんと首を横に振って、新八はそれにもくすりと笑った。
そうだ。
折角手伝ってくれたんだから。
新八はふと思い出す。今日は気が向いたから夕食後用に志村宅でデザートを作って来たのだ。
イチゴと生クリームを使ったイチゴババロア。
そう言えばこの娘は苺のチョコレートが好きだった。ババロアも・・口に合うかな?
本当は夕食後の予定なのだが・・特別に。
初めて手伝ってくれたご褒美に、少しだけ先に食べさせてやろう。
新八は冷蔵庫からババロアを少しだけ切り取って皿に載せ、スプーンと一緒にの前に置いてやる。
「・・・?」
「食べてみる?」
新八はスプーンで一口すくっての口元に持って行ってやった。
箸やらスプーンやらを使い慣れていないこの娘は、物を食べようとなると迷わず手づかみでいこうとする。
そこらじゅうが汚れるといけないので、万事屋に来て最初に、箸やスプーンでこちらが口元に持っていってから何でも食べるようにと神楽がしつけたのだ。
はふんふんとスプーンに乗ったそれを嗅いでから、パクリと一口で食べた。
口の中に広がる甘酸っぱい香りととろける舌触りに、机の上に置かれた
の手のひらが拳を作る。
もう一口!もう一口!!
そんな声が聞こえてきそうな眼でこちらを見るに、可愛いなぁと思いながら新八はスプーンを動かした。
本当においしそうに無心で口を動かすに、ほとんどないはずの新八の悪戯心がくすりとうずく。
ラスト二口目をの口元に持っていくと見せかけ・・・新八は自分の口へと持って行った。
もちろん最後の一口はに上げるつもりで。
しかしさあ食べようと口を開いたとき、ふと前を見ると、
そこにの口があった。
「え」
ガチンと目の前で刃の噛み合わさる音がする。
どんな脚力か、一瞬で地を蹴り、スプーンを追って飛びついて来たのだ。
後少しでもタイミングが遅ければ、新八の鼻ごと噛みちぎられていたかもしれない。
「わ、わ、わわ」
噛みちぎられることはのがれたものの、止まれないの勢いに新八は押し倒される格好でひっくり返った。
どすん。
かたん、と飛びつかれた勢いで外れた眼鏡が床に落ちるのと、からからと玄関の開く音が聞こえたのは同時だった。
「ただいまー。〜チョコ食う?」
「!!!」
銀時の声に乗っていたが一瞬で消える。
食い物につられ過ぎだよちゃん・・と呆れ果てながら新八は起き上がり、口元をごしごしと拭った。
ちょ、ちょっとだけ触れた気がする。
は可愛い妹だ。というか、喋ってももらえないためまだ十分にコミュニケーションが取れないという意味では、かわいらしい飼い猫のようなものだ。人間に向かって猫は失礼だけれど。
でも。
ごしごしと拭った着物から、食べていないはずの・・机の上にある、食べずに終わった最後の一切れと同じ香りがした。
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