「今回お前にやってもらう仕事は、少しやっかいでね」
小さいころから仕えてきた主人がその次に発した言葉を、私は驚きもしなければ身じろぎひとつせず、
適当な地面の一点をただじっと見つめながら、黙って「聞いて」いた。
「やってくれるよな?」
それに答えた自分自身の返事が、きっと最後の「世界」。
小屋が変わるだけで、今までと一緒。
何かが変わるなんてないってあきらめてた。
新しい「ごしゅじんさま」は“やつ等”とおんなじ種類の笑顔でにこにこと頭をなでてきたけれど、うれしくもなんともなかった。
ごしゅじんさまの後ろの壁の、適当な一点をただじっと見つめながら、ご機嫌を取るためにその声で「返事」をした。
「「シグマ」。今日はお前にオトモダチをつれてきたんだよ。身の回りの世話をする人間だ」
「・・・オトモダチ・・?」
それに答えてくれた知らない声が、きっと「世界」の最初。
「はじめまして、「シグマ」さん。「ファイ」と申します」
**猫は人が聞き取れない音も聞きとれたりする**
「顔は見られていないものだと思っていたのですが」
「そいつァおあいにく様。警察犬は鼻が利くんでね」
少年を撫でていた手を引っ込めて、ゆっくりと黒スーツの女性は立ちあがった。
本来なら爆破される予定のため誰も近寄らないだろうと踏んで、ここ「大江戸センターシティビルの裏手に着陸したのだが。
簡単に逃がしてくれるつもりはないらしい。でも。
「ファイ・・僕、絶対捕まりたくないよ」
視線は目の前の真選組の男から逸らしていないにもかかわらず、彼女の後ろで、彼女の大切な「オトモダチ」がそう言ったのが分かった。
そう、捕まるわけにはいかないのだ。
捕まったら、きっと。
「大人しくお縄に付きなせェ」
「申し訳ありませんが、それは聞けぬ相談です・・っ!」
「!」
素早くスーツの中から取り出したボールを、相手との間に投げつける。
一瞬まばゆく光り輝いたかと思うと、そのボールから大量の煙が放出された。
「ち、煙幕か・・」
もうもうと立ちこめる黒い煙の中、総悟は静かに息を吐く。
左手で鞘を支え、右手は柄へ。
はっ、と一気に息を吸い込んで。
カチ、
親指で持ち上げられた刀の鍔が小さく鳴った瞬間、
突然視界が切り開かれ、辺りを覆っていた黒い煙は真っ二つに切り裂かれた。
煙の晴れた先で、シグを庇うように立ったファイは、驚きを隠せない瞳で呆然と総悟を見やる。
煙幕を刀の風圧で、それもたったひと振りで?信じられない。
しかしそれもつかの間、震えをぎゅっと噛み殺した彼女は一瞬にして覚悟を決め、目の前に立つ男を睨みつけた。
真選組とやり合うのは避けたかったのだが。
この男からは逃げられない。
逃げられないならば、
やるしかない。
「シグ!」
彼女の声にこたえるように、鈴の音の響くような歌声が辺りを包んだ。
「悪く思わないで下さい!」
ふらりとバランスを崩した総悟にファイが思い切り踏み込む。
二つの刀を大きく振り下ろす瞬間、揺れる薄茶色の前髪の奥で、蘇芳色の光がきらりと揺れた。
交差した二つの体と、三つの刀。
倒れたのは、
スーツの女性だ。
「え、え・・?」
「ざーんねんでしたァ」
シグはぱちぱちと瞬きをした。自分の歌を聞いた人間は眠ってしまうはずだ。なのに。
ぶわりと大きく風が吹き、黒い隊服を着た男の髪が舞いあがる。
そこにあったのは。
「い、イヤホン・・?」
「俺に同じ手が二度も通じるか」
キン、
鉄と鉄が触れあう高い音と同時に、彼の愛刀「菊一文字RX-7」が鞘に納められた。
「師匠の噺聞きながらの斬り合いってのも、案外オツだねィ」
子守りを任されたその子供の声を、私は一生知らない。
『・・・・眠くならないの?』
一通りの家具が揃った部屋。部屋と言う名の飼育小屋。
そこに、向かい合わせで座った所で、目の前の男の子がいぶかしげに尋ねてきた。
『二人きりになった途端に眠らせて逃げよう、ですか。私は耳が聞こえませんので、歌っても眠くなりません』
『聞こえないなら、なんで今僕が何言ってるか分かるわけ?』
『唇の動きで読みとります』
うっそ。そんなこと出来るの?男の子は慌てて自分の口元を両手で覆った。
訓練しましたから。私が答えれば、男の子は口を覆ったままもごもごと空気を吐きだした。
『バカって言った方がバカです』
『・・・なんでわかるの?』
『・・・ガキ・・』
その、僕に初めてできた「オトモダチ」は、全然笑わない人でした。
笑わないだけじゃなくて、感情をあんまり表に出さない。そう躾けられてきたんだろうなあ、とは感じていました。
『わ、ほっぺたどうしたの』
『お気になさらず。少し叱られただけです』
『ぼ、僕何もしてないよね?』
真っ赤に腫れた頬。ふるふると、無愛想な顔で女の人は首を横に振った。
『後ろから声をかけられている事に気付かなくて、何度も呼ばせてしまったようでした』
『自分で潰させたくせに、酷いねぇ』
『本当ですよ・・・・・』
はっ、と、驚いたように彼女は僕を見た。しまった、って顔してる。
カマをかけられて、見事はまってしまったのだ。
ごしゅじんさまの考えは間違ってない。その実耳を聞こえなくしていなかったら、最初の時点で自分は世話係を眠らせて脱走していただろう。
でも。
『・・ごめんなさぁい・・・ぐすっ・・ごめんなさぁい・・・』
無愛想だけどいつも良くしてくれる彼女に、むしょうに申し訳なくなって、その腹にしがみついてぐすぐすと泣いた。
彼女はそんな僕の肩を優しく抱いてくれて、見上げて見たら彼女もぽろぽろ涙を零していて、つられて僕ももっと泣いた。
それが、彼女の「表情」を見た最初の話。
ひとしきり泣きあった後そのまま布団に横になって、いつの間にか寝てしまった。
起きた時、お互い手を繋いでる事に気づいて、笑ったっけ。
それから、僕が怒れば彼女も怒って、私が笑えば彼も笑う事に気付いた。
捕まりたくない。ここで捕まったら、きっと。
・・・離ればなれになっちゃうでしょう?
「待ちなさい・・」
真選組の男が、彼女の相棒へと向けようとしていた足を止める。
一本の刀を杖のようにして体を起こしたスーツの女性は、奥にいる癖っ毛の男の子ににこりとほほ笑んだ。
「逃げてって言っても、きっと言う事聞かないでしょう・・?」
こくこくと、その子が頷くのを見て、剣を握る手に力を込める。
じゃあ、頑張らないと・・。
よろよろと立ちあがった所で、ぐにゃりと足元が揺れた。
力が入らない。地面が揺れてるみたいだ。
ふと彼女が視線を上げると、シグと、真選組の男の人が眼を見開いてこちらを見ていた。
さあ来なさい、まだ勝負はついてません。
何とか自分の足で地面に立って刀を構えれば、真選組の男の人が険しい表情でこちらに走り込んでくる。
・・・なにか、叫んでいるような。
「・・・・どうか、しましたか?」
「バカ野郎!!上!!」
そのとき、ぱらぱらと小さな小石が上から降って来て、頭や肩に当ったのを感じる。
ゆっくりと空を見上げて驚いた。
振って来たビルの瓦礫。
その窓に映った自分は、酷く優しい顔をしていた。
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誰夢だよ再び。っつか、銀ちゃんはおろかヒロインすら出てこない回って一体・・・