無事に降りた地面で、銀時に手の縄をほどいてもらっていると、神楽が飛びついて来た。
ー!」

「大丈夫アルか?!アイツらに変な事されてない?声が、声が」
「落ち着け神楽。コイツを攫って喉潰すとか、アホでもねー限りやらねぇよ」
「・・・何モンだあいつ」
「イヤしらねー。偶然通りかかったんで隣のビルまで乗っけてってもらった」

銀時をいぶかしげな眼で睨みつけるのは土方だ。
何とか重症者は出さずに済んだが、隊内にも軽傷者がちらほら。
もう無理だと思っていた最上階の客が、突然現れた謎の白い気球によって救出されたのだ。
しかも何かあの気球の柄、見たことあるようなないような。
そんな土方を面倒臭そうにかわしながら、銀時はパタパタと両手を広げてジェスチャーをする可愛らしい猫に眼を向けた。

「銀さん、この首輪のせいみたいです」
「しかも合言葉がいるみたいネ」
「お前らん家全員エスパーかよ」

全然のジェスチャーを読みとれなかった土方が呆れたような溜息を吐く。
これなら直ぐに解除されそうだ。







**あいする君へ子守唄を**







しかし。は銀時を見ると、もじもじと俯いてしまったのであった。

ちゃん?」
「どうしたアル、合言葉、これつけられる時に聞いただロ?教えてヨ
「・・・・・」


『         』


その合言葉は、が銀時に一番伝えたい言葉であり、銀時に一番言って欲しい言葉だった。
でも、きっと叶わない。
叶わないなら、いっそもう、このままでも、一生喋れないままでもいいんじゃないか。
第一、その言葉の示す意味を、自分は上手く体現できない。
くしゃりと髪が撫でられて、顔を上げれば目の前にしゃがみこんだ銀時の顔があった。

好き好き、大好き。

でも、ぎんちゃんはわたしのこと「好き」だけど「大好き」じゃない。
わたしが子供だから。
家族みたいに大事にしてくれるけど、家族にはなってくれない。

我慢しようと思ったのに、ぽろぽろと涙を零し始めてしまったの前で、
何を思ったのか銀時はにやぁーと頬を緩めた。

その一瞬、ふと頭を横切るありえない考え。
まさか、ぎんちゃん、今ので、
合言葉、わかった・・・?

しっしと新八たちを追い払って、銀時はの目の前の地面にどっかりと胡坐をかいた。
「ほーら。銀さんに合言葉、教えてみ?」
・・・・・・。
だって伊達に銀時と過ごしてきたわけではない。
銀時がの考えを読めるのと同じように、なんとなくならにだってこの男の考えることも分かる。
ぜったい、もう、分かってる。
なんで?なんでだ?
ここまで来るとエスパーじゃなくて予知能力者だ。テレパシーだ一心同体だ。

「教えて」

優しく髪を撫でられて、はぎゅっと目を瞑る。
『同じ人に二回告白しちゃ駄目なんて決まりはねェんだぜィ』
総悟の言葉が脳裏に浮かぶ。そしては、思い切って銀時の口に自分の口を押しあてた。

大好き。
大好き。・・・ぎんちゃん。
・・・・・・・『           』。

唇が離れると、銀時はぐしゃぐしゃとの髪をかき混ぜながら、目もとをぬぐってくれた。
そして一言。


「ごめん、やっぱり分かんねぇや」
「・・・・・・・・!?」


世界がぐにゃりと揺れる。
それは、アレだろうか。
もしかして、もう一回振られたってことだろうか。


今度こそ終わった。
ー」
ああ、こんな事ならちゃんと総悟の「恋愛講習」を受けてから再トライすべきだった。
「・・おーい」
もうぎんちゃんはのこと完全にきらいに・・・
ごすっ
・・・・・・・いったぁぁい・・。


「オイ聞け馬鹿猫」
三つの動物の名前を吐き出しながら頭突きをされ、銀時にぐいとほっぺを掴まれて上を向かされる。

「お前銀さんの事「すき」じゃなくなったの」

なんとなく銀時の「言っている意味」が分かったはこくりと頷いた。

「じゃぁ、どうなったの?」

引っ込んだと思っていた涙が、再びこぼれだして、鼻の奥がつんと痛くなる。
銀時は呆れたように笑いながら、「泣くなよ」と親指で涙をすくう。

「・・赤ちゃん欲しいの?」
こく。
「・・・・・・あと何年あるの」
3ねん。「籠の鳥」が子供を作れるのは20歳まで。
「・・・・うーん・・・」
・・ひっく。
「・・・あのな?」
ごくりと喉を鳴らして、銀時はぎゅっとの肩を掴んで、を見降ろした。
その顔は見たこともないくらい真剣で。
「真面目に答えさせてもらうと」
・・・こく。も緊張した面持ちで頷く。

「赤ちゃんてのは簡単に作れるもんじゃねーんだぞ?」
「面倒見るの大変だし、金もかかるし、手続きもいるし」
「保険も入れてやんねーとな。つか子供の前にお前もだな。医者にもかからずに自宅出産なんて俺自信ねーし」
「いろいろ道具揃えなきゃ駄目だし、それにもめっちゃ金掛かるんだぞ。今のウチの財政じゃ無理だ」

・・・・・・・・・・・・・・。

ぽかーん・・・。
ぽけぇ、と口を半分開いて、はただ銀時の言葉を呆気に取られて聞いているしかなかった。
いろいろ知らない単語も出てきた。ホケン?テツヅキ?なんの?ジタク出産?
「だ、だからなァ・・」

「2年。2年待ってくれ。それまでに頑張って俺金ためるから。イヤお前も稼ぐんだぞ?沖田君にたかったりして・・」
「・・・・・・・・」
「で、最後の1年でヤりまくると。どうだ、これなら文句ねーだろ?」
「・・・・・・・・」

ヤりまくるって・・・。
「大丈夫だ。アラサーだけど俺頑張るから。なんなら子供が出来るまで毎日のように」
イヤもう良いから。
は目の前の首にしがみついた。
ぼりぼりと銀髪の男が頭を掻く。くすり、と、二人同時に噴き出した。

「それでさァ、合言葉なんだけど、やっぱり分かんないからヒントくれよ」


「4文字か、5文字か」


ぺち、と掌で銀時のほっぺを軽くはたいてやれば、銀時はくすりとほほ笑んだ後、の耳元の少し下のあたりで「合言葉」を囁いた。

『          』

次の瞬間、ぴぴっと音が鳴って、の首から首輪が外れ、地に転がった。




完全に崩れた「大江戸プリンスホテル」の前では、数台の救急車がとまり、医者達が真選組の医療班とともに仮設のテントで軽傷者らの手当てに当っている。
銀時に追い払われた(善意で様子見に行ってやったのに失礼極まりない野郎だ)土方は、きょろきょろとあたりを見渡し、首をかしげる。
総悟の姿がない。
手近にいた一番隊の隊士に尋ねれば、自分の見張り場を任せて「大江戸センターシティビル」の方にかけて行ったとのこと。
土方が眉をひそめ、首をかしげたところで、地面が揺れた。
ものすごい音を立てて。

「副長!!アレ!!」
「!!」

隊士に指差されて顔を上げれば、むかいの「大江戸センターシティビル」が大きく煙を上げていた。
どかんどかんとビルのいたるところで爆発が起き、ぐらりと傾く。
・・・・崩れる!

「伏せろ!!」

物凄い地響きと巻き上げられた土煙が爆風となって辺りを覆った。






げほっげほ。
咳き込みながらよろよろと立ちあがった女性は、一本残った細身の刀を杖に、ふらふらと瓦礫の中を進んだ。
驚く事に、降ってきた瓦礫に巻き込まれる寸前、庇われたのだ。真選組の男に。
庇われたと言っても、思いっきりラリアットでふっ飛ばされただけなのだが・・・それでも、直撃を避ける事が出来た。
それでもたくさんの瓦礫を体中に受け傷だらけ。
足は一本動かないし、額も打ったようで、吹きだした血が顔の片側を覆い、視界の半分が上手く見えなかった。

「し、ぐ・・」

ふらふらとした足取りで、視界もろくにないままに。
カラカラになった喉から絞り出すように、彼女は相棒の名を呼んだ。


がら・・・。
瓦礫の隙間から這い出た小さな手は、恐る恐るその大きな残骸を押し返した。びくともしなかったけれど。

「う・・・」

けほけほと咳き込みながら、シグは辺りを見まわした。
見渡す限り瓦礫の山。
突然隣のビルが爆発して、崩れてきたのだ。全てを巻き込んで。
幸い、右足が瓦礫に挟まれて身動きが出来ないが、自分に怪我はない。

「ファイ・・・ファイ・・っ!・・くそ・・!」

友達の名を呼びながら、彼は必死に瓦礫をどかそうと腕に力を込めた。
早く、探しに行かなくては。はぐれたときは自分が相手を見つける役だった。
きっと、きっと無事なはず・・・。早く・・!
そのとき、少し離れた所の瓦礫ががた、と揺れた。

「し、ぐ・・」
「ファイ!」
おおきなビルの破片に阻まれて姿は見えないとはいえ、あの声は間違えようもなく大切な人のものだった。
生きてた!よかった!!
何度も大きく彼女の名前を呼びながら、聞こえるワケないのだけれど、シグはうぐぐぐ・・!と必死に自分の足の上の瓦礫を押した。
早く、早く会いたい。

カチリ、
今度は耳のやけに近くで金属の音が響いて、シグははっと振り向いた。
目に飛び込んできたのは、ぴったりと自分の喉に当てられた、刀の刃。
その目が驚きと、恐怖に見開かれる。
彼の目の前に立った男は、そんなシグを見てにやりと口元を釣り上げた。

包帯を巻いていない方の目が細められ、その瞳が肉食獣のようにギラリと輝く。

「ほぉ、・・運のいい奴だ」
「ふ・・・ファイ・・・ファイ!」
「心配すんな、あの女も直ぐに送ってやるさ、テメーらのご主人様のもとへ」
「な・・」
「それが約束だったろう?」

にたり、その顔が愉快そうにゆがめられ、口元から牙を見せて男が笑う。
もっとも、この分じゃ女の方は既に死んでるかもしれんがな。
くっっくっく、と不気味に笑う男から感じられるのは、怖ろしいほどの狂気。
振りあげられた刀に、シグはぎゅぅ、と目を瞑った。

「ファイ・・」


『どうしました、シグマさん』
『ねえ、僕達オトモダチでしょう、敬語使わないで』
『しかし』
『僕、オトモダチなんて初めてなんだ。いいでしょ?呼び名だけでも、ね、「ファイ」!』
『・・・・もう・・・しょうがないな・・・』


「シグ」
「・・ファイ」

カラン、と刀が地面に転がった音が響いた。
ぎゅっと瞑っていた眼を開けば、自分を抱きしめてくれているファイがいて。

「結局、最後まで貴方の声は聞けませんでしたね・・・・聞きたかったな・・」
「・・ファイ・・」
「でもね、いいんです。それでも貴方の声は、ずっと私に届いてたから」

「『          』・・・」

それだけ言うと、彼女はぐっ、と顔をしかめて、自分の胸にシグの頭をぎゅうっと押し付けた。
埃だらけの真っ黒なスーツに顔を押し付けられて、シグの視界は真っ暗になる。
それでも、不思議と恐怖は感じない。
恐怖はない、けど、
涙があふれてくるよ。

「ファイ」
「・・・・・・・・・・」
「次会ったら、いっぱい、おしゃべりしようねぇ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「ぼくも、『 あいしてる 』よぅ・・・」

真っ暗やみの中、彼女の胸に顔を押し付けて深呼吸すれば、もう、何も怖くなかった。




瓦礫の中を音もなく歩いていた包帯の男・・・・「高杉晋介」は立ち止まり、視線だけで振り返った。
視線の先にいたのは、刀を構えた若い男の姿。
黒い隊服と薄茶色の髪は泥と埃にまみれてぼろぼろ。しかし、その瞳は赤く爛々と輝いている。

男は、折り重なるように動かなくなった二つの死体を見やった後、小さく舌打ちを打って再び高杉を睨みつけた。

「逃がさねーぜぃ」
「威勢のいい犬コロだ」

すらり、と高杉も刀を抜いた。びくりと総悟が強張る。
達人と言うのは剣を交えなくとも、刀の構え方、その気迫から相手の力量はある程度分かるものだ。
「どうした?」目の前の包帯の男は、くつくつと愉快そうに喉で笑う。

「俺に刀を向けてるってこたァ、死にてェっつぅ意味だろう?」
「ちィ!」

ガキン、ぶつかる刃と刃。
はっ、と目を見開いた総悟は、刀をはじき返して地を蹴った。
刹那辺りを爆煙と共に火薬のにおいが包む。
煙から飛び出した総悟はこめかみに血管を浮かばせながら叫んだ。

「俺まで殺す気かてめーふざけんな!!」

総悟と反対側の煙から飛び出した高杉に、すかさず土方が斬りかかる。
その刃を案外余裕に受け止めながら、高杉はにやりと笑った。

「テメーがもう少し勘付くのが遅ければ、下らん馬鹿どもを一気に片付けられるチャンスだったのによ」
「ハッ、残念だったな。警察犬は鼻が利くんだよ!」
「そのセリフ前回俺言いましたからァ!」

ピクリと反応した高杉は、土方の刀を弾いて後ろに飛びのいた。
土方の後ろから振りかぶった総悟の刀が、すんでのところで振り下ろされる。

「こんな時くらいおふざけ無しだぞ総悟」
「分かってらァ。アンタなんかいつでも殺れる」
「んだとコラァ」
「つか、アンタ特攻じゃねェだろ。なに副長が危険地帯に真っ先に飛び込んで来てんでさァ」
「うるせぇ」
「副長ォォォ!!」

バタバタとたくさんの隊士達が駆け付けてる来るのを見て、高杉は興が冷めたとばかりに二人に背を向け歩きだした。
真選組の副長か・・・・面白そうな奴だ。
待て!と追いかけようとする土方の足元に、チュン、と銃弾。スナイパーだ。
もうもうと立ち込める砂煙の中、テロリスト高杉晋介はいとも簡単にその姿を消したのだった。







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やっべ、超長いこの話。高杉さんは好戦的なんだけど逃げるのも好きなイメージ。