ふんわりと香る、むせかえるような酒の匂いに包まれながら、銀時はと布団で一緒に丸くなった。
寒い夜道を歩いてきたため、少女の手先足先は氷のように冷たい。
そんなの手のひらをひとつにまとめて、自分の手のひらで包んでやる。

もぞもぞと銀時の胸へ頭を押し付けていたがそのうち動かなくなり、すやすやと寝息が聞こえてきたのを見て、
銀時はくすりと目を細めた。







**勝ち犬だって遠吠えしないとも限らない**







「うー、寒っ」
屯所へと帰って来た土方は羽織のポケットに両手を突っ込んで廊下を歩いていた。
とんでもない時間に外出させやがって、総悟の奴・・・。
まったく、いい迷惑である。
随分と遅い時間帯ではあるが、一言文句でも行ってやらねば気が済まないと彼の部屋に向かった土方であったが、その一歩手前で足をとめた。

「・・あ?」

総悟の部屋は明かりもなく真っ暗。
それもこんな時間なのだから仕方がない。しかし、人一人分通れる程度の障子が開いている。
こんな寒い中障子を開けっ放しでは寒くて寝られるわけがなさそうなものだが・・・もしかして、部屋にいないのか?
そんなことを思いながらチラと伺った部屋の中には総悟が布団もかぶらず座っていて、土方はちょっとだけどきりとした。

「何してんだオマエ」
「・・・・なんだ土方さんか」
「なんだはねーだろ。扉開けっぱでよく寒くねーな」
「・・・その格好・・アイツ送ってってくれたんですねィ。有難うございやした」
「はァ??」

土方は眉間にしわを寄せた。この男が、自分に感謝の礼など珍しい。
「どうした、何かあったのか気持ち悪ぃ」
と尋ねれば、いつもより小さく見えるその背中は小さく「うっせ」と返した。

「土方さん」

ゆっくりとこちらに振り返った彼の表情は、明かりも付いていない部屋の中でははっきりと分からなかった。
・・・事にしておく。
「どうしよう・・・」


「俺、アイツに嫌われちまった・・」






真選組隊長である自分ともあろう男が、事態について行けずに瞬きも出来なかった。
永遠に感じられた沈黙を打ち破って、絞り出した声は「・・え?」だった。
ゆっくりと左手を左頬へ持っていく。
ずきずきと痛むそこがに叩かれた体と理解するのにすら、少々の時間を要した。

いや、いやいやいや。
確かに、確かにイキナリちゅーしたのは些かマナー違反だったのかもしれないが、それにしたって。
殴ることないだろうが、と開きかけた口は、直ぐに歪んで閉じられた。

嫌われてない自信はあったし、好意だって感じていたはずだ。・・・さっきまで。

今のには、そのかけらも感じられない。


大きく見開いて、こちらを見る瞳はコイビトとかオトモダチに向けるようなものじゃない、
まるで亡霊でも見るかのような。
顔じゅうの血の気が引いて、その肩はがくがくと震えている。

抱かれている感情は、恐怖、恐怖、恐怖。


「・・・・・おい・・?」
「こないで!!!」


手を伸ばそうとしたら大声で否定の言葉を吐かれる。
親に叱られた子供のように、思わずぎゅぅと目を瞑ってしまった。

の声はそれ程大きな声だった。いつも、喋ってもぽそぽそとしか放さない、小さな声なのに。
は弾かれた様に体をのけぞらせ、総悟から距離をとろうとする。

「・・・・・・?」
「・・か、帰る・・・・・おうち、帰る・・・・!」

「おい?だいじょうぶ、」
「帰る!」
「わ、わかった。んじゃ送って行きまさ・・」
「いらない!こっち来ないで!!」

明らかにいつもと違うの様子に、傷心を奮い立たせて口を開くが、返ってくる言葉に余計にダメージをくらうことになる。
はコチラを睨みつけながら震え続けていた。その目にうっすらと涙もためて。


「お・・オトモダチって、コイビトって、きすって・・・や、やっぱやめる。コイビトもオトモダチも、やめる・・!」
「・・・・・・・」


震える声で絞り出されたその言葉に、総悟の心は完全に折れた。
人に言う分には平気なのに。どうして自分は昔からこんなに打たれ弱いのか。

何も言わなくなった総悟から目を離さないようにして、じりじりとは少しずつ後ずさる。
けして警戒を緩めずに、扉の位置まで後ずさったは、そのまま廊下へと飛び出して行ってしまった。

部屋に残された総悟は、黙って唇をかみしめることしかできなかった。







あれだけ体をむしばんでいた「寒さではない」震えは、
意外や意外、一人の男に包まれただけで嘘のように消えた。
男の腕の中でうとうととまどろみながらが思いだすのは、遠くない過去。

実験室での記憶だった。


毎月決まった時期に、そう言う日があった。
別の一匹と狭い檻の中に入れられて、外から鍵を掛けられる。
相手の様子がおかしいのは一目瞭然だった。
ぽたぽた涎を垂らし、肩で息をしながら寄って来た相手にそのまま押し倒されて、体中を舐められて・・・・、
それから・・・・・・うう・・・。

きもちわるい・・。
意識はまどろんでいるのに、全身が気持ち悪くて、頭が痛くて、は眉をしかめた。
怖い怖い怖い。
アイツもあの子もあの人も、こわい。

ふと、額に温かいものが降ってきて、強張っていた体が急に楽になる。
ゆっくりと見上げれば、銀時がほほ笑んで前髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。

あったかい・・・。
あったかくて、安心する。

「ぎんちゃん・・」
「んー?どした」

既に半分落ちかけた瞼で銀時を呼べば、間延びしたやる気のなーい声が返って来る。
それがたまらなく心地よくて、は安心して瞼を下ろせた。

「も・・いっかい・・」
「・・・ふふっ、こーの甘えんぼさんめ」

言いながら寝こけてしまったを眺めて、銀時はくすりと笑いを零した。
彼女の前髪を手櫛で解きあげ、その額に自分の唇を押し付ける。


は既にすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てながら夢の中だ。
寒くないように彼女のに布団をかけ直してやって、銀時も大きなあくびをし、布団の中へと潜った。








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・・だって前のお話におさまりきらなかったんだもん・・。