その日は、季節の割に日中ぽかぽかと陽気な日差しによって温かい日だった。
ここ万事屋に響くのは、すかーすかーという何とも間抜けないびき。
何を隠そうこのいびきの元こそが、この万事屋の主人の者であるというのだから驚きだ。彼の生態を知っている者からすれば大した驚きではないのだが。

休日とあって昨夜は遅くまで飲んできた彼は、昼時を過ぎた時間となったにもかかわらず一向に目覚める気配がない。
そんな銀時の枕もとでは、こちらはおめめぱっちりながちょこんと正座して、その寝顔をまじまじと眺めていた。


そんな、とある休日の昼下がり。







**猫の舌のザラザラはお水を上手に飲むためにだな**







じー。
傍から見たら主人が寝てるのを良い事にこっそり現れた座敷わらしのように、は静かに銀時の寝顔をガン見していた。
むにゃ・・と銀時が口をもぐもぐさせると、びくり、と体で反応する。
静かになる。しかしガン見は続く。
うむ・・と寝返り。またビクリ。
寝返りを打って横を向けばこそこそと座る位置を移動して顔が見える正面へ。

じー、と銀時を見つめるその視線は真剣そのもの。そして僅かな緊張が見受けられる。
見つめる先にあったのは、銀時の、口元だった。
思い起こされるのは遊び相手との会話。


『キスってもんは、つまりは愛情表現でさぁ』
『大好きな人に好きだっていう自分の気持ちを伝える方法でィ』
『ほれ、分かったら俺にやってみなせェ。練習練習』


えー、と物凄く渋い顔をして返せば、更に渋い顔で返された。
そんなこと言われたって、急には割り切れない。
今まで自分はそれを違うものの“合図”として認識し過ごしてきたのだから。

急にやれって言われたって、そんなの無理だ。
例えば、最初はこのぎんちゃんみたいにいちばーん大好きな人と。それからおねーちゃんにしんぱち。それから・・じょじょにだ。
どきどきはらはらしながら、震えながらもそーっと唇を近付けて・・・・直ぐにパッと離れる。

無理無理気持ち悪い。怖い。
嫌な思い出が胸一杯に広がった。ぶるる、と背中が震える。


むにゃ。と、銀時がもう一度ピクリと動いた。反射的にもびくりと体をこわばらせる。
もぞもぞ動いたかと思うと銀時は再びすぴすぴと寝息を立てる。
全くどんだけ寝るんだかこのおにーさんは・・・。はぁ、と息をひとつ吐いて、はその手を銀時の頭に伸ばした。

くしゃ・・・と柔らかい弾力をもって、銀時の白に近い鼠色の髪に指先がうずまる。
は、くしゃくしゃとぎこちない手つきで、その髪を撫でてやった。

頭に思い打浮かべるのはいつもぐしゃぐしゃと自分の髪を撫でてくれる銀時の姿。
はアレが好き。ちょっとくすぐったいけど、あったかくて、優しくて、安心する。
寝息を立てる銀時の口元がふっと幸せそうに微笑んだ。つられての口元も緩む。
えへへ、うれしい。

再びとてとてと座る位置を移動して銀時の横っかわに座りなおしたは、布団の上に投げ出された銀時の手を手に取った。
その手のひらはのと比べたら大きくて、ごつごつ硬かったけれど、とってもあったかかった。




遊び道具を見つけた子供のように、風に揺れる猫じゃらしを発見した仔猫のように、ぺたぺたと掌を触って遊ぶ。
嬉しくなって持ち上げた手のひらをぎゅー、と自分のほっぺに押し付けた。
銀時も銀時で、寝ているのか起きているのか(多分半分寝てるんだ)かすかに指先があやすように動く。

彼の指先に自分の鼻先を押し付けていたは、その指の一本に視線を止めた。
銀時の右手の、人差し指。

もう随分と昔の事だから痕も残っていなかったが、その昔まだが万事屋に来て間もなく言葉も発しなかった頃。
思いっきりこの指に噛みついた事があるのだ。それはもう思いっきり。ぽたぽたと血が滴るほどに。
はにんまりと目を細めた。銀時が初めてに「苺チョコ」を買って来てくれた時の話である。

傷も残ってないし、半年以上前の傷の痛みなんてもう残っていないとは知りつつも、その人差し指の腹をぺろりと舐める。
指先がぴくりと動いて逃げたので、腕を捕まえた手を引き寄せてぱくりと口の中に咥えこんだ。
噛みついたという方が正しいか。あ、もちろん歯は立ててない。

がじがじと銀時の人差し指を齧りながら、色々あった万事屋に来てからの今までをは思い返していた。
無理矢理引っ張り込まれて、ご飯を貰って、


名前を貰って、


かぞくを貰って、


胸がはち切れそうなくらいのあったかさも貰った。友達だってできた。


加えていた指を話して、その口を寝ている銀時の口元へ。
ぴったりとくっつけてしばらくその体制が続く。
ゆっくりと唇を話したは「えへへ」と笑って、「ぎんちゃん、だーいすき!」と言った。
あれ、「きす」自体が大好きって意味だから、改めて言わなくてもいいのか。言ってもいいのか?

まあいっか!ぴょこっ、と元気に立ちあがったはぱたぱたと居間へと駆けていく。
銀時に「きす」したら、・・・・・こんどは。
おねーちゃんやしんぱち、さだはるにも「だいすき!」をしたくなった。はやく、今すぐに!



るんるんと浮足立った足取りでが和室を出て行った後、和室の布団の上では、銀時が、半分瞼をもたげながら焦点の定まらない瞳でぼへー、と天井を眺めていた。
少しずつ焦点が定まって行くと同時に眼は見開かれ、みるみる顔はひきつり、頬に赤みが差していく・・・。


な、ななななななな、なな何アレ??!何、今の??!!


ハッ、
嫌な予感に銀時が飛び起きるのと、居間から叫び声が聞こえるのは、ほぼ同時だった。






「痛え!いってえ!!何ですかィ旦那、出会っていきなりぶん殴るたァひでぇやぁ・・」
「黙れえ!クソ餓鬼!!てんめええ、ウチの娘にナニ教えやがったアアアアアア!!!!」
「は?」

総悟は涙目で頭のてっぺんに出来たたんこぶを撫でる。
なんでぇ、自分は何もしていないのに。
いつも通り公務をガンサボりして団子屋でのんびりみたらしぱくつきながら茶をすすっていただけなのに、いきなり殴られるなんてあんまりだ。
しかし振り返った先の銀時は青い炎を纏う勢いで殺気のオーラを放出しており、総悟は怪訝そうな顔をして「何の話ですか」と尋ねた。

「ハアアア?!ふざけやがって!!テメー以外に考えられねーんだよォォオオ!!」

だから、何が。そう言いかけて、銀時の後ろに新八や神楽、を見つけ、なるほど今は万事屋皆で散歩中か、と納得する。
「よォ」とにむかって手を上げれば、もにっこり笑って手を振って返してくれた。ウン、本当仲直りできて良かった。

「無視すんな!シラ切ろうってんだなァ、オイ!沖田君にはアレやってあげなくていいの」
「銀ちゃん!!」
「銀さん!!いいんですか!?」
「いいんだよ・・・・事と次第によっちゃァ・・死刑だから」
「だから何がでぃ・・・おわっ」

突然腹に衝撃を受けて、団子屋のベンチの上でよろける。
視線を下げれば、嬉しそうにほっぺたを真っ赤にしたと目があった。その顔がだんだん近づいてくる。


むちゅ。


!!
驚いた。まだまだ先の事だろうと思っていたのに(いづれはさせる気だったのかよと言うツッコミは今は置いておく)。
多少びっくりしたが、おお、ごちそうさま!・・・なんて心の中で呟いて、
いる、
暇は、
なかった。

「・・・・む?」

次の瞬間、
おそらく10年後振り返っても恥ずかし過ぎて死にそうになるような情けない悲鳴を、沖田総悟は上げた。




「ふにゃああああああああああああああああああ??!!」




おお・・・すげぇ悲鳴・・。なんて銀時の声は、耳に入って来ていても頭になんて入ってきていない。
こんな沸騰した頭に。

みみたぶまで真っ赤っかになった総悟の腕が震えながらがしり、との肩を掴み、ばりっ!と引きはがす。
な、な、な、な、ななな、


「だっ・・・・誰が舌使えって教えたアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


もはやオマエ誰だよ、とでも言われそうな大絶叫である。

「テメーじゃねーのかよドSううう!!」
「ちちちちち、違いまさアア!!」
「え、絶対沖田さんだと思ったのに・・・・その動揺っぷり、やっぱり違うんですか?!」
「ぶぶぶっ殺されてェのか眼鏡ェェ!!違うっつってんだろーがアアア!!」
「本当勘弁してくれよォ。昨日の夜からこの調子でフレンチキス連発されてさあ。神楽は目回して倒れるし、新八が失血死寸前だよ。子供らには刺激強過ぎだよ」

なァマジ、教えたの君なら訂正させて。
銀時がそう言い終わる前に、総悟はの肩をがっしり掴んで目線を合わせ、冷や汗を流しながらその目を見つめ口を開いていた。

「あ、あのな?こういうのは、舌までつっこまなくても、てゆうか口じゃなくても、ほっぺたにチュッてやるくらいでいいんだぜぃ?」
「えーでも、私が昔から知ってるのはみんな、」
「てめーはどんな環境でお育ちになられたんですかお嬢さんコノヤロー!!」


実験室育ちです。








>>next>>


このままいくとヒロインはとんでもなく悪女に成長します。銀ちゃんが全力で阻止するけど。